第2話 ピアノの音色は兆しを呼ぶ2

俺は、花壇に腰掛けている木滝さんの横顔を見つめていた。


音楽室から流れてくるピアノの音色に、彼女は耳を傾けている。


木滝さんの表情は、楽しんでいるように見えるが、それだけではない気がした。まるで、何か別の思いがその表情に滲み出ているような......そんな気がしたのだ。


ふと、木滝さんがこちらに気づいたのか、視線が合った。


「……どうしたの? 真波くん」


「え、ああ......」


気まずい。こうなることは考えればすぐにわかったはずだ。

さっさと弁当を買って立ち去るべきだった。

そんな後悔が湧き上がる。

返答しようにも、用件は何一つないのでどう答えればいいか......?


「......無言ってことは、何も用、ないんだ?」


「いや、まぁ......そうだね......」


少し間を開けて、木滝さんは口を開いた。


「......なんでここにいるか、わかる?」


「え?」


木滝さんの突然の問いかけに、心臓が跳ねる。さっきの気まずさがさらに重くのしかかる中、冷や汗が背中を伝った。周囲の音が妙に遠くに感じられる。


「こっち、おいでよ」


突然ではあるが、自分が引き起こしたことなので断ることもできず......俺は木滝さんの隣に腰を下ろすことにした。


「だんまりだね?怒ってるって思ってる?」


「そりゃあ、何も言わずにじっと見てたし......」


「大丈夫、怒ってないよ」


そう言って見せた木滝さんの笑顔には、さっきのような雰囲気がある。


「......何か......あったの?」


俺は、無意識にそう聞いていた。


木滝さんは、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


「......いや、何も......ない......けど......」


ところどころ間を開けてそう言う木滝さんは、そのまま、視線を足元に落とした。


そして、何かを決めたのか、「しょうがないか」とつぶやき、俺の方を見て言った。


「つまらない話だし、話したところで.....って感じだけど......それでもいいなら━━━━━━」


そして、木滝さんはゆっくりと話を始めた。





私、木滝雪は5歳の頃からピアノを始めた。


始めたきっかけは、テレビに映っていたピアニストの演奏だった。


最初は、うまく弾けなくて、何度も同じところでつまずいた。

小さな指では、鍵盤を押さえるのさえ難しくて、何度も泣きながら練習したことを覚えている。


「もう無理だ、諦めよう」って何度も思った。でも、あのピアニストの姿を思い出すたびに、また前を向けた。

小さい私には、それだけが支えだったから。


そうやって、努力して、努力して、何度も失敗しながら練習してきた。

その成果もあってか、いつしか『日本の期待』とまで呼ばれた。


けど、ある日を境に私はピアノを弾けなくなった。


とても大きいステージだった。

でも、緊張はしていなかった。

ただ、自分が積み上げてきたことをやればいいだけ、それだけのはずだった━━━━


失敗した。

それも最後まで引きずる様なミスを......


演奏の途中で負けてしまったのだ。

重い期待を含んだ大勢の視線に......


それから、私はピアノと向き合うのが、怖くなってしまったのだ......





「......っていう感じかな? 知ってた? 私が元ピアニストだって」


「まぁ、龍希が言ってた.....挫折してたって話は聞いてないけど」


「そっか、じゃあこの学校だと、真波くんだけしか知らないかもね?」


「さすがにそれはない気がするけど......」


しばらくの沈黙が過ぎ、俺は木滝さんに聞いた。


「ピアノって、まだやりたいの?」


その質問を聞いた木滝さんは━━━━━━


「やりたい、怖いけど、もう一度向き合いたい......かな?」


恐怖もあるのだろう、徐々に声は小さくなっていったけど、「やりたい」。

その本心だけは、はっきりと言っていた。


「......なら、文化祭で有志の活動......やってみたらどう......かな? なんて......」


弱々しくそう言う俺を、少し驚いたような顔をしてこちらを見る木滝さん。

そして、その驚いたような顔は、徐々に崩れていき━━━━━━


「ふふっ、真波くんって意外と意見、言えるんだね?」


謎に俺のことをディスった後、木滝さんは誰にでも聞こえるような、はっきりとした声で言った━━━━━━━


「言い出しっぺの真波くんも、手伝ってくれるよね?」


━━━━━━━と。


逃げられないのを悟った俺は、「はい」と言うしか道はなかった。


こうして、木滝さんと俺の、文化祭までの半ば強引(ほぼ自業自得だし、断れるわけがない)な関係が、始まった。






.........あ、そういえば、龍希のこと忘れてた。

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