第1話 ピアノの音色は兆しを呼ぶ1

俺は、学校へ続く道を歩いている。

急な要件や遅刻ギリギリの時以外は、バスに乗り、その後は歩くのがいつもの登校方法だ。


前や後ろでは、登校している生徒たちが楽しそうに話しながら歩いている。

俺はいつも一人で登校するが、今日はどうやらもう一人来そうだ。

後ろから、何度も見たことがある人が、こちらに向かって走って来ている。


「よっ海斗、相変わらず元気ねぇなぁ?」


「初っ端から失礼なこと言うなぁ……」


走り寄ってきたこのイケメンの名前は八葉矢 龍希(はばや りゅうき)。

腐れ縁だが、一応は俺の唯一の友達だ。

そして、唯一『あの事件』について知っている人間でもある。


「……お前、あの夢見たんだろ?顔色、少し悪くないか?」


今朝のことを見透かしたように龍希は聞いた。


「大丈夫に決まってるだろ?何年も前からのことだ。もう慣れたよ」


心配そうにこちらを見る龍希だが、俺はいつもの調子を意識して言う。


「嘘だな……」と、龍希は言いたげな様子だったが、何も言わず、そのまま黙ってしまった。

それもそうだ。俺が同じ立場だったら、きっと今の龍希と同じ行動をとるだろう。

その沈黙は、学校に着くまで続いた。




学校に着いた俺だが、何もすることがないのでボーッとするしかない。

友達が絡みに来て、そこから話が盛り上がり、時間になるまで話す。

本来なら、そういうのが普通なのだろう。

ただ、俺には龍希以外の友達は居ない。


では、その龍希は何をしているのか?

毎朝、机に突っ伏して寝ている。


朝のHRまであと10分。

地味に長いので、気が滅入る。


(暇だなぁ……)


そう思っていると、後ろから声をかけられる。


「おはよう、真波くん」


振り返ると、俺の名前を呼んで挨拶する人がいる。


「ああ、おはよう、木滝さん」


俺はぎこちなく挨拶を返す。


挨拶をしてきた彼女の名前は、木滝 雪(きたき ゆき)さん。

クラスのトップと言っても過言ではない。

龍希曰く、「日本一を取れるかもしれない実力を持っているピアニスト」らしいが、

彼女がピアノに関係する部活や単元を取っているという話を聞いたことがないので、そのことが本当なのか疑問に思っている。


「真波くん、顔色悪いけど大丈夫?」


いつの間にか、俺の顔を覗き込んでいる木滝さんが、心配そうに聞いてくる。


「え?ああ、大丈夫だよ。へーきへーき」


「そう?ならいいんだけど……」


そして、会話は終わる。

会話は長く続かない。

それもそうだ、クラスのトップのような木滝さんと底辺のような存在の俺。

それが当たり前なのだ。


友達のいるところに行こうとする木滝さんは、窓から来る陽光のせいで、とても輝かしく見えた。





「あ〜、やっと終わった!」


「お前、ただ寝てただけだろ」


四限目の授業を終え、昼休みに入った。


なぜこいつは寝てても先生にバレないんだ?

そう思いながら、俺はカバンの中から財布を取り出す。


「海斗、飯食い終わったら、今度こそお前の頭をぶち抜いてやるぜ、覚悟しな!」


いきなり堂々とゲームしようぜ宣言……

何言ってんだこいつ……

まぁ、断るつもりはないんだが。


「別にいいけど、俺、弁当持って来てないからちょっと待ってくれ」


「あぁ、そりゃそうか。朝もあんな感じだったしな」


「そういうことだ、すぐ戻ってくる」


俺はそう言って、弁当売り場に向かった。

ここから弁当売り場までは少し遠いが、すごい距離というわけではない。

俺は話を切り上げ、早足で廊下を歩き出す。



弁当売り場がすぐそこまで……というところで、2階から何かが聞こえてくるのに気づいた。


「〜〜〜♪」


耳をすませて聞くと、どうやらピアノの音だということに気づいた。


「そういえば、音楽室ってここの近くだったな」


昼の練習でもしているのか、それとも、昼休みに音楽室に行き、弾いているだけなのか、そのことを少し疑問に思いながら、俺は弁当売り場まで行こうとするが、一瞬、あるもの……いや、少し気になる人が俺の視界に映った。


もう一度見ると、そこには花壇に腰掛け、心地よくピアノの音色を聞いている木滝さんの姿があった。

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