第2話 鈴木夫婦の相談2



 魔骨種スケルトンを蹴散らしながら私は古戦屍場ノーライフ・ウォーゾーンを進んで行く。


 対魔形態フロンティアに搭載された基本武装である『身体強化ブースト』と『地形記憶マッピング』と『魔素感知レーダー』を常時発動に切り替え、救助対象の髪の毛から採取した対魔形態フロンティア情報を追いかける。


 対魔形態フロンティアとは宮明者エクスプローラーの肉体の表面に刻印された異能を封印したタトゥーのようなものだ。

 普段は無色透明だが、起動時と停止時には刻印に魔素を流す使用上青と赤のエフェクトが発生する。


 対魔形態フロンティアに搭載された情報系の武装は脳内に展開される感覚で閲覧できるから便利ッスね。

 一々紙やペンを万魔殿ダンジョンに持ち込んでいた時代もあるらしいから、それに比べると相当な進歩なのだろう。


「見つけたッス」


 案外簡単な仕事だった。

 地形的に彼等は洞窟の中に避難しているようだ。

 どうして帰らないのかという疑問は残るが、それは向かってみなければ分からない。


「ここか……」


 洞窟を歩くこと10分。

 万魔殿ダンジョン侵入から34分。

 要救助者発見。


「君は? もしかして探宮にやってきた他の宮明者エクスプローラーか?」

「そうッスけど違うッス。私は万魔殿ダンジョン専門相談所から来ました。貴方を助けるために。合ってるッスよね、鈴木竜彦さん?」

「あ、あぁ……けど万魔殿ダンジョン専門相談所っていったい……」


 あぁ、うち知名度ないなー。

 まぁこんな事業やってるのうち以外に聞いたことないし仕方ないか。


万魔殿ダンジョンで起こったあれこれを解決するのが仕事ッスよ。本日は行方不明になっていた貴方を探しにやって来ました」

「俺達を助けてくれるのか?」

「でもこの子、どう見ても子供だよ?」

「あれに勝てるかよ……」


 奥には彼以外の人間の姿も見える。

 三人……一人足りない……ダル……

 ここに閉じ込められて二日、皆さん相当衰弱してるっぽいッスね。


「皆さん歩けるッスか?」

「歩けはする。けど出るのは無理だ」

「ん? どうしてッスか?」


 よく見れば彼等の衰弱は肉体的な物だけじゃない気がする。

 基本対魔形態フロンティアを使えば宮明者エクスプローラーは手ぶらで万魔殿ダンジョンに入ることができる。

 対魔形態フロンティアの基本武装の一つである『物資転送ゲートリア』によって食料を含めた物資は幾らでも持ち込めるからだ。


 だから彼等の疲労はシャワー浴びれてないだとか、ふかふかのベッドで寝れてないとか、そういうレベルでしかないはずだ。


 なのになんか、この人達みんなゲッソリしてる……


「なんかあったっぽいッスね」

「入るのは問題ないんだ。俺達も未発見の領域だと思って飛び付いた……」

「つーことは『出る』のは問題あるってことッスね」


 よくある訳ではないけど、それなりに実例のあるトラップだ。

 宮明者エクスプローラーを一定領域内に捕獲する。

 そんな相手の目的は一つ。宮明者エクスプローラーからしか得られないエネルギーの徴収だ。生気とか魔素エーテルとか呼ばれてる力を人間から吸収できる魔物がいる。


「ダッル……」


 そんなことができるのはかなり高位の魔物に限られる。

 絶対に危険度『5』じゃ収まらない。


「まぁいいや。じゃあ倒したらもう一度迎えに来ます」

「は? まて、俺達だって一回負けたんだ。その時ですら……」

「一人を犠牲にして逃げるのがやっとだった……ッスか?」

「……」


 私の言葉に鈴木夫はかなり険しい顔をする。すごく悔しそうだ。

 でも別に私は怒ってる訳じゃない。他人のチームの問題だし、その犠牲で四人も助かったんだから差し引きで言えばプラスだし、この人達の判断は間違ってない。


 ただ――ムカつくってだけ。


「じゃ」


 彼等は私を引き留めようとはしなかった。

 二日も生気を吸われてそんな気力も残ってないのか。

 それとも罪悪感が喉を締め付けるのか。

 私にはどうでもいいことだ。


 私は洞窟を来た時とは逆方向へ歩いた。


「小さい鳥居……?」


 この万魔殿ダンジョンに入る時に見た入り口とそっくり。

 でも絶対、ここへ入って来る時はこんな物はなかった。

 固有領域……万魔殿ダンジョン内に更に個別の、自分だけのフィールドを生成する能力。


 この力を持つ魔物は全て同じ等級クラスを与えられる。

 クラスS……最高ランクの魔物だ。


「クソ怠ぃ……」


 こんなの完璧にイレギュラー。難易度は一気に『9』近くまで跳ね上がった。


 でも、仕事は仕事だ。

 それに私が解決しないと私もここから出られない。

 明日はいいけど、明後日は学校もある。

 一応優等生ぶってるし、無断欠席なんてありえない。


「行くか〜」


 その鳥居を潜り、領域へ足を踏み入れる。

 風景は結構変わった。大量の祠に囲まれた円形の空間は青い炎の灯る燭台によって区切られている。この中があいつの領域ってことなんだろう。

 見えた景色に注目するべき場所は二カ所。良いこと一つに悪いこと一つ。


「生きてて良かったッスね」


 鈴木夫のお仲間の一人。

 二十歳くらいのお姉さんが一人、一際大きな祠……というかあれもう神社って言った方がしっくりくるッスね。

 その普通なら賽銭箱がある辺りの台座の上で寝かされている。全裸で。


「変態野郎。お前なにもんッスか?」


 黒い霧のローブ。赤い宝石のついた巨大な杖。魔骨種スケルトン特有の骸骨の頭。それにネックレスに指輪に王冠に、装飾品のオンパレード。


 私は対魔形態フロンティアに搭載された基本武装の一つ『異宮鑑査アーライズ』を起動する。

 この武装は私の視界に入った魔物や宝物の情報を宮明者エクスプローラー協会公認の『万魔図鑑』から自動検索してくれる。




検索結果『ノーライフ・K・キャスター』。

クラスS。発見数14件。撃破数6件。

近接ランクA。遠距離ランクSS。

特殊技能『固有領域ザ・オンリー

     『全属性魔素適性オールキャスト

     『生命感知ライフビジョン

     『温度低下コールドフィールド

     『生気接吸ドレインタッチ

     『王の黒鎌K=デスサイズ




「お前設定盛りすぎだろうが。まじでふざけんなよ……」


 宮明者エクスプローラーのクラスは三項目の総評によって評価される。

 例えば鈴木夫の場合『戦闘クラスC』『知識クラスC』『魔素クラスC』の総評『C』だ。


 そして私は戦闘A知識D魔素Aの総評B。

 ようするに、遠距離戦闘じゃ勝ち目ないってことッスね!


「魔塵:突進加速突っ込む!」


 ノーライフなんとかが手に持っていた赤い杖が光を強める。

 瞬間、私の正面で何かが爆ぜた。


「はっ?」


 やべぇ、顔焦げる……


「お前、私のキューティクルがチリったらどうしてくれるんだよ」


 吹き飛ばされた私へ向けてまた、杖が光る。

 追撃。杖を向けてる角度から逆算して右半身狙い。


「ッチ!」


 回避が間に合わない……

 爆風によって左側に吹っ飛ばされた。

 基礎武装の一つ『定量結界ヒットポイント』……使用者の魔素総量に比例した結界を体表に纏い、その分だけダメージを無効化する。


 それで二発はなんとか凌げた。


 けど、それがもう切れた。

 たった二発で私のHPが吹き飛んだ。


「ふざけんなよ……」


 Cクラスの万魔殿ダンジョンになんでSクラスの魔物が湧いてんスか……


 なんとか立ち上がる。

 それは敵からの追撃が止んだから。

 私の結界がなくなったのを理解してるのか、骸骨が笑ってるような気がする。

 その上で殺さないのは、あの捕まってる人と同じようにエネルギーを吸い取るためか。


 どうやったら倒せる?

 私の突破じゃあいつの反応を掻い潜れない。あの爆発で止められる。


 フェイントを混ぜる?

 無理。魔骨種は視覚じゃない別の器官で『生命』そのものを観ている。

 幾ら動き回ろうがその知覚能力は掻い潜れない。


 つうか寒い。

 手が震えて、上手く槍が使えない。

 足も一緒だ。末端冷え性みたいな感覚で集中できない。

 それに近づいても奴には触れるだけで生気を奪う能力がある。

 一瞬で倒さないと結局不利になるのはこっち。


 てか、私一人でなんとかなる相手じゃない。


「サイアク……」


 思えば朝から散々だ。

 先輩には振られるし。先輩には振られるし。先輩には振られるし。

 つうかあの飲んだくれは何やってんスか……!


「カカ……」


 短く骨を鳴らしながら、骨の王様みたいなその魔物が私へ近づいて来る。

 一歩進むたびに私の周囲に火球が現れる。

 どんどん数は増えていって私を取り囲んだ。


 逃げ場はもう残ってない……


「先輩……」


 あぁもう、色々ムカつくッス……


「助けてよ!」

『はいはい。もう終わるからちょい待ち』

「え、先輩!?」

『そうですよー。愛用のポーションがなくてコンビニ三個周っちゃったよ』


 その声はこの空間に響いた訳じゃない。

 私の耳についたインカムからだ。


『よし、行けるぞ。そろそろ逆転すっかアルバイト? この万魔殿ダンジョンはもう俺の物だ』


 カッコ付け過ぎッスよ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンハッカー 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ