ダンジョンハッカー

水色の山葵/ズイ

第1話 鈴木夫婦の相談1


「悪いんだけどさ、コンビニでポーション買ってきてくんね? あの頭痛に効く奴」

「なんでッスか?」

「二日酔いで頭痛いから……」

「いや、なんで私が行かないといけないんスか?」

「お前ってここのバイトじゃん。俺社長だよ?」

「パワハラ……」


 事務所のソファで頭から毛布を被って尻を上げている社長バカ

 それが私の上司というのだから朝から気分は悪い。

 折角の土曜日に遊びもせずにこの事務所に顔を出してあげてるんだから真面目に仕事をして欲しいものだ。


「あ、でも先輩が私と結婚してくれるなら別にいいですよ?」

「お前16歳じゃん。高校一年生じゃん。犯罪じゃん」

「じゃあ18になったら結婚してくれるんスか?」

「しねえよ」


 一応私は16歳の高校生で先輩は22歳。

 私が先輩を先輩と呼ぶのは、小学校の時の先輩だからだ。

 確かに法律的には付き合うのはアウト……でも、なんか結婚前提だったらいいとかそんな適当な法律だったような気もするんスよね。


「なんでッスか? いいじゃないッスか、私けっこう顔可愛いッスよ?」

「自分で言うなっての」


 そう言いながら先輩はもぞもぞと立ち上がり、事務所の出入り口の方へ歩いて行った。


「どこ行くんスか?」

「コンビニ」

「あ、じゃあ魔石買ってきてください。火が出る奴」

「未成年の喫煙は犯罪だぞ」

「そんなことしねえッスよ」

「……つうか、まあいいや。分かった」


 私はいかなかったのに俺には頼むんかい。

 とか思ってそうッスね。

 けどこっちは先輩と違って真面目に仕事してるんスから、これくらいはいいでしょ。


「あのよろしいでしょうか?」


 先輩が出て行った事務所の扉が開き、年増の女性が入ってくる。


「ご依頼の鈴木さんッスよね?」

「はい。そうです」


 昨日掃除したのに先輩が散らかしたビールの空缶を片付けて、女性を応接用のソファに案内する。

 うわ、クッションに先輩の涎ついてる。汚ったね。

 回収しとかなきゃ。


「紅茶で大丈夫でしたか?」

「はい、ありがとうございます」


 彼女はこの事務所に来た依頼人だ。

 今日は予約されていた。依頼内容も概ねメールで確認してある。


「旦那さんの救助、ってことでいいんスよね?」

「はい」


 歴史上では今から十世紀ほど前、世界中にそれは突如出現したという。

 【万魔殿ダンジョン】と呼ばれる異界性構造物。

 内部は悪魔と宝物がひしめく魔宮であり、そこには幸運と不運、幸福と不幸の全てが存在している。

 現在の市場価値においてもブッチ切りで最高の地位に坐する世界の中心とも呼べる場所。


 それが『万魔殿ダンジョン』。

 その数は年々増え続けている。


「夫は万魔殿ダンジョンで消息を絶ちました」

「旦那さんが行ったダンジョンの場所ってメールで貰ってる場所で間違いないんスよね?」

「はい。二日前の朝、夫は確かにそこへ行くと言っていましたから」


 鈴木さんの旦那さんは万魔殿ダンジョンおもむき宝を持ち帰る『宮明者エクスプローラー』という仕事をしている。


「では前金を頂いてもよろしいッスか?」

「はい」


 鈴木さんが差し出した封筒を開き、中身をチェックする。

 十五万ギル。それが依頼料の前金だ。達成した場合にはもう十五万ギルが支払われることになっている。


「間違いなく受け取りましたッス」


 金額は捜索難易度によって変化する。

 この金額は十段階評価で五くらい。『そこそこ』の仕事と言えるだろう。


万魔殿ダンジョン専門相談所がこの依頼をお引き受けいたしますッス」

「ありがとうございます。夫をよろしくお願いいたします」

「あの、それでなんスけど……」

「はい?」

「旦那さんとはどういった経緯ご婚約を? その今後の参考にしたいんスけど」

「はぁ……」



 ◆


 場所『万魔殿ダンジョン名:【古戦屍場】』

 目的『Cクラス宮明者エクスプローラー鈴木竜彦すずきたつひこ】の救助』

 危険度『5+』

 備考『鈴木竜彦はDクラスの四名と共に万魔殿ダンジョンに潜入している。【古戦屍場ノーライフ・ウォーゾーン】はDクラス万魔殿ダンジョンであるため、特殊な問題が起こらない限りCクラスの宮明者エクスプローラーが危機的状況になることは考えにくい』


 ◆



「ふぅ、じゃあ行くッスか」


 万魔殿ダンジョン内でも通信可能なインカムを装着しながらごちる。

 まぁこれパーティー用の通信機で単独ソロの私が付ける意味あんま無いッスけど。

 一応唯一登録されてある連絡先に繋げてみるが先輩は出ない。


「はぁ……いつまでコンビに行ってんだよ……」


 溜息と共に私は万魔殿ダンジョンの中へ入る。

 東庭都とうていと杉波すぎなみ区にあるこの『古戦屍場ノーライフ・ウォーゾーン』の入り口は鳥居のようになっていた。

 初めて入るけど厳つい作りだな。


 内部に入れば全方位の景色が一瞬で変化する。

 異界性構造物と言われる所以はこの現象からだ。

 現代では万魔殿ダンジョンは異空間への入り口と考えられている。


「荒野……ネットの情報通りッス」


 一面に広がる荒野。

 そこには剣や防具など多くの武具が乱雑に散らばっている。

 そして……


「カカカカカ……」

「早速ッスか……」


 骨が鳴る音と共に散らばった武具を手に取って、その者共は立ち上がる。


 魔骨種スケルトン。それがこの万魔殿ダンジョンに現れる魔物の種類だ。


「数10。上位種なし。15秒……かな?」


 動物などとは比べ物にならない殺傷能力を持つ。

 それがダンジョンに現れる全ての魔物に共通する力。

 だから人間もそれに対抗するための力を開発した。


対魔形態フロンティア――起動ON


 それは武器であり防具であり異能であり加護であり、総じて【力】だ。


 青いタトゥーのような文様が発生し身体全身に行き渡り、それは直ぐに消失する。

 それで起動は完了している。

 これで対魔形態フロンティア内にセットされた全ての武装は使用可能状態になった。


「――【槍塵】」


 呟いた瞬間、私の手元に白を基調とした槍が出現した。

 槍には緑の蔓が纏わりつくような装飾が成されている。


「ふぅ……」


 その槍を現れた魔骨種スケルトンへと向ける。

 この槍の効果は単純明快。


突進加速いくッスよ


 一秒と時間は経過していない。

 私の身体は魔骨種スケルトンの奥にある。

 貫いた魔骨種スケルトンの数は三匹。

 固まってくれていて手間が省けた。

 後七匹。十秒で行けそうッスね。

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