エピローグ

「進藤くん、中文連に遅刻したらしいよ」

 優奈と夜空は、校庭の芝生で寝転がっていた。太陽が煌めきながらも、水彩画のように繊細な空模様。空澄が逮捕されてから一週間が経とうとしていた。

「素直に寝坊したって言えばいいのにな。『負けると思って、あえて遅刻した』って」

「どこか憎めないね」優奈は目尻を下げて笑った。

 空良多が金曜日の夕方になって本を借りたのは、顧問に「お前も発表に貢献しろ」と言われて、どう貢献するか考えた末の結論だったという。結局中文連に遅刻したので、部には貢献できずじまい。先輩からこっぴどく叱られたのだと、優奈は風の便りに聞いた。

「それで、サッカーは続けるんだ」

「そうだなあ」夜空は言葉を濁しながらも、もう辞めるなんて考えない、と思った。

 竜星のことが羨ましくて、嫌いだったのは本当だ。ラブレターの件は、竜星亡き今も許していない。それでも、自分を満たしていたサッカーまでも放棄してしまうのは、なんか違うな、と考えた。

「今は、あいつのこと、あまり嫌いじゃないよ」

 竜星は「ヨル」と呼ぶほど夜空と親しくなろうとしていた。黄色い声援を浴びせられ続ける竜星にとって、同じ立場で話ができる夜空と竹本は、貴重な友人だった。竜星が持つその純粋さに、夜空はようやく気が付いたのだった。

「それにしても、竹田のやつ、逆恨みもいいところだよな」

「そうそう」優奈はため息をつく。「驚きを通り越して呆れちゃった」

 空澄が犯行に及んだ理由は、自分が優れていることを確かめたかったからだという。

 空澄は竜星に、本名でラブレターを送ったことがあった。たとえ愛が伝わらなくとも、想いを受け止めてほしいと願ってのことだ。しかし竜星はラブレターを破き、夜空や竹本、更にはサッカー部の部員にも吹聴した。空澄にとって、それは尊厳を侵害する行為だった。夜空が空澄を擁護したことは、知る由もなかった。

 空澄はひどく苛立ち、自分が竜星に嘲笑されたのは、自分が男性だからだと考えた。そこで、自分を侮辱した竜星を殺害するとともに、普通の恋愛ができる女子を傷付けてやろうと思い立ったのだ。そして選ばれたのが、まだ竜星に告白しておらず、真面目な印象があった優奈だったという。

 優奈が授業中に度々感じていた視線は、空澄のものだった。

「ともかく、浅野が生きていてよかったよ」夜空は大きく伸びをする。

「そんなに生きていてほしかったんだ」優奈がわざとらしく言った。「どうしてだろうね。教えてよ」

 夜空は返事をせず、まるで寝ているかのように振る舞った。優奈のことが気になっているわけではないと、自分自身に言い聞かせる。だがしかし、心臓はどうも落ち着かない。

 空に視線を向ける。雲が漂う、夏の昼下がり。

 夜空は考える。自分が女性だったら、優奈を好きになっちゃいけないのだろうか。愛の形とか、多様性とか。そういった言葉は、十三の自分が考えるには重すぎる。

 違う。だから、優奈を好きになったわけではない。ラブレターを破かれて怒ったのも、我慢の限界が来たからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 ああ、どうにも思考がままならない。夜空は目を瞑って、意識を紛らわせようと必死になった。

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なあ、狡猾な空 阿部狐 @Siro-i

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