3.とある日のティータイム
魔女、などと呼ばれている少女との生活は、おおよそ順風満帆と言っていいものだった。
朝昼晩、毎食ご飯は食べられるし、更に味も文句なしの美味しさで、こんなに寒い山奥でも、あったかい部屋でゆっくり眠ることができる。
その全てを提供しているのが憎い憎い仇であることを除けば、本当に文句なしだ。なんてことを思いながら、わたしは目の前で優雅に紅茶を飲んでいる魔女を見つめた。
そう、今だってアフタヌーンティーとやらの真っ最中なのである。親の仇と呑気にお茶をする状況がもはや意味不明なのだが、目の前の少女に美味しそうなお菓子を目前に掲げられ「少し付き合ってもらえないかしら」なんて言われてしまえば、わたしに拒否権なんてなかった。美味しそうなお茶やお菓子に罪はないのだ。
少女は、やたらと嬉しそうにわたしにお菓子を振る舞う。まるでテーブルに並べられた甘いお菓子と同じような甘い目で、わたしを見る。それが、なんだか居心地が悪い。
どうして彼女は、わたしをそんな目で見るのだろう。分からないのが心地悪いようで、だけど不思議とそれは、嫌な気分ではなかった。
目の前の少女がお菓子をひとつ摘んで、口に含む。途端にほろりと崩れる表情が、なんだかとても愛らしい。
ここ数日、彼女を見ていて気付いたことがある。
ひとつ、甘いものと紅茶が好きなこと。
ひとつ、こんな山奥で一人で住んでいるからか、妙に逞しいところ。
ひとつ、生活はわたしたち人間となんら変わらないこと。
そして、噂に聞くほど、怖い魔女ではなさそうということ。
そう、思ったよりも魔女と呼ばれる少女は、怖いものじゃなかったのだ。わたしが殺されそうになったのだって初めて会ったあの時だけで、それ以降は、わたしが時々少女に「ぼくを殺さなくていいの?」と煽られてはわたしが彼女に武器を向けるくらいなのである。
防御する素振りも見せず、ただわたしにされるがままに刺されたり切りつけられたりする少女に、なんだかわたしの方が居た堪れない気持ちになって、最近ではおいそれと殺しにかかれない始末だ。
その姿は、まるで死ぬことを望んでいるみたいで、なんだか少し、怖い。だからこそ、わたしは仇だというのに、目の前の少女に対して、何もできないままでいる。
何もできないまま、少女と一緒に、のんびりと寒い山奥で暮らすだけの生活を送っているのだ。
「トワ?」
名前を呼ばれて、ふと我に返った。
名前を呼んだのは、当然、目の前で優雅にお菓子を食べていた魔女だ。その顔にはありありと心配そうな色が浮かんでいて、その様子がまた、わたしの心をかき乱す。
どうして、あなたは、なんで。
わたしにそんな、優しくするの。
わたしをそんな、愛おしそうな目で見るの。
分からない。彼女のことが。分かったようで、なんにも。
わたしは少女の呼ぶ声を無視して、目の前のお菓子に手を伸ばす。
口に含むそのお菓子の甘さを心地よく感じてしまう自分の感情が、一番分からなくて、怖いような気がした。
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