2.朝食は優しい甘さで
ふわり、と鼻腔をくすぐる甘い匂いに、わたしの意識はゆるりと浮上した。
まだ覚醒しきっていない目を擦りながら、身体を起こす。寝起きのぼんやりとした視界の先には、美しい銀髪の少女が立っていた。
「……?」
あれは、誰だろう。あんなに美しい銀髪を持つ少女なんて、わたしの家に居ただろうか。
よく見れば、周りの風景も、どこか見慣れないような気がする。果たして、わたしはどこにいるのだろうか。回らない頭でそんなことを考えていた時だった。
「ん?おまえ、起きたの?」
「う、うわあ!?」
ずい、と目の前にまるで作りもののように美しい顔が寄ってきて、わたしの意識は一気に覚醒した。
驚きのあまり、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。それが不満だったらしい目の前の少女は、どこか不機嫌そうな表情を浮かべた。
「失礼ね。人の顔を見て悲鳴をあげるなんて」
「い、いや、だってびっくりしますよそりゃあ!急にそんなに顔を近づけられたら!!」
自分が面食いだとは思ったことないが、いかんせん、彼女の顔の造形は良すぎるのだ。そんな気がなかったとしても、近づかれるとなんだか無駄に緊張してしまう。
少女はわたしを見て怪訝な顔をしていたが、まあいいわ、とぽつりと呟くと、わたしの手を優しく引いた。
「それよりも、朝食を作ったの。一緒に食べましょう」
少女に手を引かれるままに連れて行かれたのは、小屋の真ん中を陣取る大きめのテーブルの前。
そこには。
「わあ……!!」
黄金色の焼き色がついた、美味しそうなホットケーキが二人分、並んでいた。
「おいしそう!!食べていいんですか!?」
「もちろんよ。おまえの為に作ったんだから、むしろ食べてもらわなきゃ困るわ」
そう言いながら、少女はテーブルの上に置いてあったティーポットを手に取る。そして、ティーカップに液体を注ぐと、わたしの前に差し出した。
おそらく、紅茶だ。いい香りが、部屋の中にふんわりと充満する。ホットケーキや紅茶の美味しそうな匂いを嗅いでいると、なんだかとってもお腹が空いてきてしまって、ぐう、と腹の虫が鳴った。
そんなわたしを見て少女はくすりと笑う。恥ずかしくてぷいと顔を背ければ、何が面白いのか少女はさらにくすくすと笑って、それから、簡素な椅子を引いて席についた。
「さ、おまえも座って。冷めないうちに食べましょう」
その言葉に従って、わたしは渋々と席につく。
「いただきます」
そう言ってナイフとフォークを手に取ると、少女は優しく微笑んで「召し上がれ」と言う。それから、同じようにナイフとフォークを手に取った。
ホットケーキを一口サイズに切り分け、口に運ぶ。途端、甘くて優しい味が口中に広がって、わたしは思わず呟いた。
「おいしい……!」
続けて、もう何口か食べて、それから紅茶を一口飲む。高級な茶葉なのか、少女のお茶の淹れかたが上手なのか、その紅茶も今まで飲んだこともないくらいに、美味しかった。
少女はというと、そんなわたしを見ながらニコニコと笑っている。何がそんなに面白いのか。わたしがじとりとした視線を向ければ、それに気づいたらしい少女が口を開いた。
「面白いわね、おまえ。昨日自分を殺そうとした奴が作ったものを、そんなにパクパクと食べて。毒が盛られてるかも、だなんて、考えもしないのね」
言われて、ハッとした。そうだ。目の前のこいつは、出会い頭に、わたしの脳天目がけて銃口を向けるような奴だった。わたしは慌てて、少女にナイフを向ける。
その拍子に、少女の白い頬に一筋の傷が入ったが、その傷は瞬く間に消えていった。
「あーあ、残念。そんなんじゃあ、ぼくを殺すことなんて出来ないわよ」
少女は淡々と言う。その言葉に、わたしは悔しさからぎりりと奥歯を食いしばった。
思い出すのは、昨夜。ここに住むと宣言した後の、少女の言葉だ。
『ぼくは、不老不死なの』
脳天をかち割ったはずの傷が消えたのは何故か。そんなわたしの問いに、少女は確かにそう答えた。
『致命傷を負っても、すぐに治ってしまうの。それに加えて不老だから、かれこれ何百年も、この見た目から成長していないわ』
『怪我や病気はするけど、それが原因で死ぬことはないの』
それを聞いて、わたしは絶望した。そんな相手を、わたしはどうやって殺せばいいのだろう。
そう思ったのが表情に出ていたのだろうか。目の前の少女は、わたしに優しく微笑みかけると、言った。
『大丈夫。何も方法がないわけじゃないわ』
まあ、その方法は教えないけれど。
そう言って、少女は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……」
再び、もぐもぐと食事を再開しながら、わたしは昨夜の少女の言葉を、頭の中で反芻した。
不老不死の魔女。そんな規格外の相手を殺す術とは、一体何なのだろう。
目の前の少女は、わたしが色々と考え込んでいる間に、食事を終えたらしい。ティーポットから紅茶のおかわりを注いで、優雅に飲んでいる。
そこで、ふと気がついた。
「あんたって、思ったより魔女〜って感じの生活してないんですね?」
「どういうことかしら?」
「なんていうか、魔法でお茶を注ぐ!みたいなの、しないんだなあって。そういえば、昨日わたしを殺そうとした時に使ったのも、銃だったし。さっきだって、毒なんてまるで人間が人殺す時みたいなこと言ったじゃないですか」
「ああ……」
その言葉に、少女は何故だか傷ついたような顔をして、それから、ぽつりと言った。
「まあ、ぼくは死なないことと老いないことくらいしか、能のない魔女だもの」
その言葉は、言ってはいけなかったのかもしれない。
「……ごめんなさい」
「あら、どうして謝るの」
「……なんとなく」
「ふうん……やっぱりおまえは、面白いわね」
そう言うと、少女はようやく笑った。わたしも少しぎこちない笑みを浮かべて、それから、再びホットケーキを口に運ぶ。
なんでだろう。憎い相手のはずなのに。殺したくてたまらない相手のはずなのに。彼女の傷ついたような顔なんて見たくないと、思ってしまった。
口に含んだホットケーキは少し冷めてしまっていたが、それでも、変わらず優しい甘さで。まるで目の前の少女みたいだな、なんて。そんな馬鹿げたことを思った。
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