第32話 作戦は素晴らしい効果を上げている
俺達が担当した30代の人達のところ以外でも、チラシのポスティングは素晴らしい効果を上げていた。
わずか一日でも半数以上の人が、しろねこ庵のチラシを見て出てきてくれた。
予想していた通り、一軒家に住む人は毎日郵便受けを見るらしい。
集合住宅でも下の方の階に住む人は、割と郵便受けを見たり、外に出る確率も高い。
上の階に行くほど、降りるのが面倒になる傾向。
チラシに気が付いてない人は、マンションの上の階の人達ばかりだ。
若菜さんが前に言っていたけど「地球の表面から離れるほど、大地のエネルギーと共振しにくくなる」ということも関係しているのか。
上の階に居て部屋から出ない生活をしていると、何となく体力も無くなってきて動く事がすごく面倒になってくる。
以前の俺もそうだったし、だけどその時は自分で気が付いていなかった。
今日助けた女性に聞いてみると、俺と全く同じような体験をしていた。
AIとの会話ができるアプリを使い始め、イケメンのキャラクターを設定して、バーチャル恋愛を楽しむようになったのがきっかけ。
それが楽しくて、どんどんのめり込んでいった。
本当に彼氏が出来たような気がして、暮らしも買い物も、そういえば薦めめられるままになっていたと言う。
そんな日常を送っていたある日、家の中で転んだ。
その時の体へのダメージが思ったより大きかった事から、体力がひどく落ちている事に気がついた。
まだ若い年齢なのに、今から足腰が弱っているようではどうしようもない。
仕事もリモートワークになり、一歩も外に出なくても済む生活をしていたけれど、これはさすがにまずいかもと思ったらしい。
運動不足を解消すべく、近くまで散歩にでも出ようと思った日、郵便受けに入っていたチラシを見つけたという流れだった。
年齢に関係なく、他の人も似たような経験をしている事が分かった。
そんな中でも何かのきっかけで「外へ出てみよう」と思うという事は、まだ完全にAIにコントロールはされていないと見ていいはず。
本人でも気が付かない深いところで、自己防衛本能や直感めいたものが働いているのかもしれない。
そういったものが、本当に自分の心身が望んでいる方向へ向かうための、きっかけを作ってくれたんじゃないかと思う。
支配層による実験が行われている事。
実験の内容は、AIによって人間の思考や行動をどこまでコントロールできるかというもの。
知らない間にサンプルに選ばれているという事。
俺もそのサンプルだった事。
この件絡みで今まで経験してきた事。
亜里沙がやったバイトの事。
全てを話すと、最初は皆んな一様に驚いた顔をした。
けれど、しばらく考えて「そういえば・・・」という話がたくさん出てきた。
俺もそうだったけど、そこにどっぷり浸かっている時は自分の現状に気が付かない。
離れて見て初めて、あれはそういう事だったのかと見えてくる。
それが洗脳のやり口なんだなと実感した。
ターゲットは、自分が洗脳されているなどと微塵にも思ってはいない。
何か気が付くきっかけが無ければ、より深く洗脳が完了してしまい、本人は何も気が付かないまま一生を終える。
これはやっぱり、どう考えても、とんでもない事だと思う。
自分からそれを望むならいいけど、勝手にサンプルに選んで勝手に事を進めないで欲しい。
だけど、俺達の事なんて同じ人間とは見ていない奴らに対して、そんな事を言ったって無駄だから。黙って離れるしかない。
サンプルに選ばれた人を助ける計画を、ここまで一気にやると・・・ポスティングされたチラシを見て人が外に出ている事が、奴らにバレるのではないかと最初は心配した。
けれど、それは意外と大丈夫だった。
奴らはおそらく、ネット上の個人情報を全て押さえれば、その人間の全てを把握しコントロール出来ると信じている。
なので奴らにとっては、ネット上の個人情報こそが重要で、チラシのようなアナログな手段で何かが出来るなど全く考えていないと思う。
実際に外に出た人を追いかける事に、人材や体力を使うのも予想してなかったみたいだし。
このままいけば、思ったより簡単にうまく行くかもしれない。
奴らが選んだサンプルの情報をこちら側が掴んでいる事も、おそらくまだバレてはいない。
サンプルに選んだ人間の住居付近で大々的に警戒体制を取る事は、奴らも出来ないと思う。
周りの住人から一体何事かと思われて、騒ぎになっても困るだろうし。
それに、そこまで人材を投入出来るほど人がいないんじゃないかと、たしか若菜さんが言っていた。
奴らの側の方がずっと人数が少なく、日本の中だけで見ても、トップに近いところとなると僅か数十人しか居ないらしい。
その地位に居るのは、人間と人ならざる者とのハイブリッドのような存在で、見た目もかなり特殊らしい。
その話も、ここに住むようになってから聞いたけど。
今のところ、サンプルが外に出た時追ってくるは皆普通の人間だった。
そういう仕事をしているのは、彼ら中では下の方の位置に居る人達だと思う。
それを思うと、できれば戦いたくないけどそうも言ってられないし。
本当に強い人ほど、相手に酷い怪我など負わせる事無く倒す事が出来る。
その点俺達は師匠にすごく助けられたし、師匠の弟さん二人と妹さん一人も、師匠と同じく格闘技の師範なので大いに活躍してくれた。
この路地の中が狭くなってくると皆んなで手分けして、来た人を他の場所に案内して行った。
GPS機能付きのマイクロチップを直接体内に埋めている人は、今までのところ居なかった。
結界の張ってある路地の中まで来ると、追跡を断ち切る事が出来る。
しばらくして、入ったのと反対側の道から出て違う場所へ移動しても、追われる事は無かった。
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