第31話 救出作戦の開始 師匠はやっぱり強かった

あまり長期間かけていたのでは、奴らに気付かれてどんどん監視の目が厳しくなるはず。

それを考えて、数日のうちに出来るだけのことをやってしまおうという話になった。

チラシのポスティングは、その日のうちに終えた。

目指す家が全て近い範囲にあるわけだから、それほど難しい事では無かった。

あとは、見てくれるかどうかというところ。

以前の俺みたいにマンションの部屋から一歩も出なくなってて、郵便受けにチラシやDMが山ほど溜まっているという人も居るかも。

一軒家の人はそこまでじゃないと思うけど。


若菜さん他、ここ以外の場所に知り合いが居るという人達が、連絡を取って応援を呼んでくれた。

百軒近い家の様子を見つつ、何かあったらすぐ動き出すという作戦に、路地の中の住人だけではとても足りないから。

一斉に全部が動くという事は、まあ無いだろうけど。

逆に、しばらくは何も起きない時間を延々と待つという可能性もある。



昨日はしろねこ庵の閉店後に皆で手分けして、目指す全戸へのチラシのポスティングを終えている。

翌日の朝、俺達は三人で近所を歩いていた。

一緒に居るのは亜里沙と、俺に格闘技を教えてくれた師匠。

目指す家やマンションの前でずっと見張っていたのでは明らかに怪しいから、立ち止まる事はせずに近くで様子を見ている。

師匠は、俺と亜里沙の補助でついてきてくれた。すごく心強い。


師匠の名前は、柴田さんというのを最初に聞いたけど「師匠」の方が呼びやすいしそれで通している。

師匠は今年七十歳を迎える高齢だけれど、とにかく強い。

若い頃からスポーツも得意で、幼少期から武道を習っていたらしいから年季が違う。元々の才能もあるんだろうけど。

でも師匠曰く、誰でも練習さえ積めばある程度は強くなるらしい。


「もっと力抜いて。自然に歩かないと怪しまれるぞ」

師匠にそう言われた。

無意識のうちに緊張していたらしい。

いけないいけない。

一度深呼吸して、少しゆっくり目に歩く。

師匠は、普段見ている分には特別強そうには見えない。

老人にしては背筋が伸びているし歩き方がしっかりしているという程度で、特に体が大きいわけでもないし普通の人に見える。

ところが稽古の時は、若い弟子達が力一杯打ちかかっても簡単に倒されてしまう。

年齢が上がれば腕力や体力は落ちるが、技術でカバーするらしい。

殺気を消して、近付くまで相手に気取られないという事も出来るみたいだし。

俺はまだそういうのは全然無理だけど、以前の自分と比べると確実に強くなったとは思う。

少しは師匠の手伝いが出来るといいけど。


「今出てきた。チラシ持ってる」

亜里沙が、俺と並ぶように歩きながら小声で言った。

すぐ後ろには師匠が居るから多分聞こえている。

もし聞こえてなくても察するような人だし。

指差したり全員でそっちを見るような事はもちろんタブーだから、何事もなかったようにそのまま歩く。


チラシを持った人が出てきたのは、10メートルほど先の二階建てのアパートだ。

昨日ポスティングしに行ったばかりの場所だから間違い無い。

出てきたのは30代の女性。

サンプルに選ばれている人の中の一人だ。

ラフな服装なのを見ると、会社へ行く前ではないらしい。

昨晩か朝にチラシを見つけて、しろねこ庵に行ってみようと思いついたというところか。

今だったらモーニングの時間帯だし、外で朝食の気分なのかもしれない。

チラシに店の連絡先なんかは書いてないけど、簡単な手書きの地図と営業時間は書いてある。


時々チラシを見ながら、何か探すように女性は歩いていく。

すぐ先に、あの路地がある。


右側から一人、左側からもう一人、明らかに女性のあとを追い始めた。

左側から出てきた方は女だ。

女を相手に戦うとなるとさすがに気が進まない。元々誰とであれ、戦うのが好きなわけじゃないけど。

そんなことを思いながら少し歩を早めて、何かあったらすぐ対処出来る距離まで近づいた。

一瞬後ろを振り返ると、さっきまですぐ後ろに居たはずの師匠の姿は見えなかった。

大事な時に一体どこへ・・・

それとも近くで何かもっと大変な事が起きた?見た感じ分からないけど。

とりあえず今は気にしていられない。


亜里沙が女性に近付いて声をかけた。

女性を促して路地へ向かう。


二人が路地に向かって走り出した途端、両側からついてきていた者達が追いかけた。

この前と、全く同じパターンだ。

俺は間に割って入り、最初に向かってきた相手と対峙した。

相手はいきなり殴りかかってくる。

頭を下げてパンチを避け、ステップバックして蹴りを避けた。

俺が出した前蹴りを、相手はギリギリで躱した。

反対側から、俺の側頭部を狙って蹴りが飛んできた。

さっきの女だ。

俺は前腕で蹴りを受けた。

女だと思って甘く見ていると危ないかもしれない。

もう一人の奴も、この前の二人より強い。


周りがざわつき始めた。

その割には、ここにはあまり人が居ない。

他の人を巻き込まなくていいのはありがたいが、何故・・・


さらに飛んでくる蹴りを避け、相手の顔面に掌底で突きを入れた。

一人が倒れても、もう一人は怯まず殴りかかってくる。

それを避けながら顎を狙って拳を叩き込んだ。

バランスを崩したところで、もう一発殴ると相手は倒れた。


後ろを振り返ると、何人もの人間が道に倒れていた。


その真ん中に静かに立っていた師匠は、何事も無かったようにこっちに歩いてきた。

後ろから追ってきていた奴らを、全部一人で倒した?!

だからさっき居なかったのか。


周りがざわついているうちに、師匠と俺は路地まで走った。


その日のうちに俺達は、チラシを見て外に出てきた人達を七人まで助ける事が出来た。

師匠が強いのは知っていたけれど、俺が思っていた以上に圧倒的だった。

奴らの側の人間は、特に戦闘訓練を受けたような者達では無いらしいと師匠は言ってたけど。

奴らがやっているのは、AIを使って人の思考を操作、誘導して、意のままに操れる人間を作る実験だから・・・リアルで戦う事など全く想定していなかったのかもしれない。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る