第30話 百匹目の猿の話 これなら勝算があるかも
「各都道府県からサンプルにする人間を百人ずつっていうのは、その県の全ての地域から選んでるわけじゃないみたい。まずは地域を限定して、その中から選ぶ方法が取られてる。どの地域にするかはランダムに選んでるみたいだけど。近いところでまとめた方が、観察する側からすると都合がいいんだろうね。多分」
「なるほどね。それで、東京の中で選ばれたのがたまたまこの地域だったってわけか。ろくでもないものに選んでくれるよな」
「だけど逆に考えると、これはむしろチャンスかも」
若菜さんは、自分の考えを話してくれた。
この地域、自分達の目の届く範囲に、サンプルにされてしまっている百人の人間が居る。
今回、それが誰かというところまでの情報を手に入れらしい。
近い範囲に住んでいて接触可能な人物が、あと98人居る。
その人達に関する情報もわかっている。
なんとかして接触して、事の次第を説明して、AIのコントロールから外れてもらう事が出来たら、管理社会を作ろうとしている奴らの計画を潰せるかもしれないという話だった。
説明を聞いていると、それはその通りかもしれない。
「だけど・・・」
俺は気になることを言ってみた。
「仮にその百人と接触出来たとして、全員がすんなり話を聞いてくれるとは限らないし・・・もしそこまではうまく行ったとしても、東京だけの話だし。他府県では相変わらず奴らの計画が進んでたら・・・」
「百匹目の猿の話って知ってる?」
「え?何で急にそれ?聞いたことはあるけど・・・たしか、大勢の仲間の中で一匹の猿が、最初に餌を洗って食べたら皆んな真似し始めて、それが百匹目になった時、関係ない遠い場所でも同じ事をする猿があらわれたとか・・・そんな話だっけ?」
「そう。それそれ。一定数を超えたら、接触の無い同類にもその行動が伝播するって話」
「それがこの事とどういう・・・あっ!そうか。この地域の百人が、自分がサンプルにされてる事を知ってそこから抜け出したとすれば・・・離れてるし接触の無い他の地域でも同じ事が始まるってわけか」
「正解」
「百匹目の猿の話は、僕も聞いた事があります。それだと何となく実現しそうな感じしてきますね」
「誰がサンプルに選ばれてるかまで分かれば、その人のところだけピンスポットでチラシのポスティングすればいいのかも」
亜里沙が言った。
「たしかにその方が得策だな。チラシがきっかけで、サンプルに選んでいる人間が外に出たって事に奴らが気が付いたとしたら・・・やたらと近所にポスティングしまくってるとかえってまずいかもしれないし」
「それでここへ来てくれる人はいいとして、そうじゃない場合は何か理由つけてこっちから訪ねていくしかないか・・・」
俺達は、一時間くらい話し合って大体の方針を決めた。
サンプルに選ばれている人の情報は、ここに居る人間の中で共有した。
個人情報を勝手に覗いてるわけだけど・・・この場合、人助けだと思えばそこは仕方ない。
自分もその立場だった事から考えて、事実を知らない方が良かったかというと絶対にそんなことは無いし。
事実を知った上でそれでいいという人は本当にそのままでいいとしても、知らないところで勝手に実験のサンプルにされて嬉しい人は多分居ないはず。
サンプルに選ばれているのは、十代から六十代までそれぞれの世代で十数人ずつだった。
近い世代の方が話しやすいし接触しやすいということで、それぞれ自分に近い世代の人達を担当する事になった。
この路地の中の住人も、うまい具合に色んな世代が居る。
俺と亜里沙は共に三十代を担当する事になり、明日から早速ポスティングを開始する。
まずはそれで来てくれる人を迎え入れて、反応の無い人については後から訪ねていく方法を取ろうという事になった。
もし百人近くがここに留まるとなるとさすがに場所が無いのではと思って若菜さんに聞くと、東京の中でここのような他の場所はいくつもあり、既に連絡はついているという事だった。
ここ以外でも、逃げてきた人を匿ってくれる準備は出来ているらしい。
何から何までやる事が素早い人だと感心するけど、持っている能力からすると難しくないのかも。
チラシを見て店に来ようとした人の行動を奴らが見つけて、今日のような妨害をする事も考えられる。
こっちも追われている身だから目立つとまずいし出来るだけ戦いたくはないけれど、いざとなったら強行突破もやむを得ないと覚悟している。
新しいニュースになっていないところを見ると、会社の金を横領して姿を消した人物と、昨日奴らの追跡を止めた人物とが、同一だとは思われていないらしい。
それだけでもまだ運が良かった。
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