第29話 敵側の計画の情報を掴んだ
しろねこ庵に行くと、いつも以上に人が多かった。
しかも、知らない顔がちらほら混ざっている。
路地の中の住人なら全員顔見知りだから、知らない人が一人でも居るとすぐに分かる。
大きい方のちゃぶ台の上にノートパソコンが置かれていて、数人がそこに集まっていた。
ちょうど亜里沙がお茶を運んできたから、呼び止めて聞いてみた。
「何かあったの?」
「新しい情報が取れたみたい。今日は近所の人だけじゃなくて、他府県からも人が来てくれてるから。皆んなで情報を共有しようってわけ」
なるほどそれで知らない人が居るのか。
ここみたいな場所は他にも沢山あると、若菜さんが言っていたのを思い出した。
新しい情報とは、一体どんな事なのか・・・
俺も興味津々で、パソコンの画面を覗き込んだ。
「あの・・・すみません。人いっぱいみたいですけど外で待った方がいいですか?」
俺が連れてきた男性が、遠慮がちに言った。
「こっちこそすみません。いつもと状況違ったんでつい気を取られて。テーブル無いところでも座ってもらって大丈夫ですよ」
「こちらどうぞ。狭くてごめんなさいね」
若菜さんが、座布団を持ってきてくれた。
「はじめてのお客様ですね。お越しくださってありがとうございます」
「こんにちは」
「店のチラシ見て来てくれた人なんだ。ポスティングに行ってた時に見かけて、俺もちょうど帰るとこだったから一緒に来たんだけど」
俺は、さっき起きた事を若菜さんに話した。
店内は狭いから、一人に話せば全員に聞こえる。
「そういう事が起きてるのって、他の所でもあるみたい。サンプルに選んだ人が勝手に外へ出歩かないように徹底的に監視してる」
「俺が逃げたのもあるのかな」
「多分。それも大きいと思う。逃げられたら実験失敗って事で、絶対逃げられたくないわけだからね。向こうとしては」
「あの・・・サンプルって・・・追いかけられてたのって僕だったみたいなんですけど、もしかして僕がそのサンプルって事ですか?!」
「嫌な話ですけどね。そういう事。まあ、知らないより知ってる方がいいですよ」
ハンドルネームでも何でもいいし名前を教えてと言うと、俺が連れてきた若い男性は「和志」と名乗ってくれた。
大学を卒業して今年社会人になったばかりで、見た目通りの年齢だった。
一年数ヶ月前からの、俺の身に起きた事をかいつまんで話すと、彼はだんだん真っ青になっていった。
社会人になったのを機会に東京に出てきて一人暮らしで、まだ親しい友達も居ないし何となく寂しさを感じていた頃、AIとの会話を始めたと言う。
「始めたのはこの夏ぐらいからだから・・・三ヶ月くらいかな。ほんとの女性と話してるみたいで、すごく楽しいんですよね。まさかそんな事だったなんて・・・」
ショックを隠せない様子だけど、無理もないと思う。
「こっちが仕入れた情報もあるからね。やられっぱなしじゃないよ。あいつらが私達の個人情報を完全管理して操作しようっていうんなら、こっちだってあいつらの進めてる計画の情報を取りに行く・・・って、私の手柄じゃないけどね。そういうのが得意な人は、庶民の側にもちゃんと居るって事」
路地の中の住人にも、そういう事が得意な人は何人か居るし、今日他所から来てくれてる人達もそうなのか。
「人間の思考をAIに誘導させて思うままに操るっていう彼らの計画は、今のところ成功率99%以上らしいよ。サンプルに選ぶのは十代から六十代までで、職業も収入もバラバラな男女半数ずつ。各都道府県から、ターゲットにしやすい人間を百人ずつ選んで、過去三年数ヶ月、実験を続けてるんだって。一人暮らしで周りの人との交流が極力少ない人間を選んでるらしいよ。実験対象に選んだ事が本人にバレた失敗例は、実験開始から今までの過去に七回」
「よくそこまで分かったね」
「あっち側の人達って、自分達の力を過信してるのかも。底辺の庶民は皆んな馬鹿で愚かだからバレるわけないって思ってるんじゃないかな。だからけっこう情報の扱いが適当みたいだよ」
「本人にバレたのは過去七回って・・・もしかしてそのうちの一回が、ここのお客さんだったっていう・・・」
「違うって思いたかったけどね。失敗例のサンプルとして住所も年齢も写真も出てたから間違いない。実験を本人に知られた時は、速やかにサンプルを始末して証拠を残さない事。それも書いてあったから」
俺達の会話を座って聞いていた和志という青年は、さらに顔色が悪くなり震え出した。
「僕もその実験のサンプルで・・・自分がサンプルにされてることを知ったら、消されるってことですか?」
「和志さん、でしたっけ?大丈夫ですよ。ここは結界が張ってあるから。あいつらはここへは入って来れないし、路地の入り口さえ見つけられない」
「そういえばさっき、あとからまだ何人も追いかけてきてたのに、路地に入ったら嘘みたいにいなくなったような・・・」
「そういうこと。だから安心してくださいね。だけど、戻ると危ないですから、一人では出ない方がいいかもしれないですね。せっかく社会人になって新しい会社に行き始めた時に残念だと思いますけど」
「そうでもないです。憧れて入ったけど、実際入ってみたら大企業ってなんか馴染めなくて。一年二年経ったら辞めようって思ってたんで」
「それなら良かったです。空いてる部屋はまだありますし、とりあえずしばらくここに居たらどうですか?」
「ありがとうございます!助かります」
危ない目に遭ったというのに、彼は何となく嬉しそうだった。
もしかしたら会社にあまり行きたくなかったのかもしれない。
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