第26話 実験の失敗 支配層側の、その結末

上司が殺された現場は見ていない。

あの方が「始末した」と言っておられて、その後すぐにマンション屋上からの飛び降り自殺があったと聞いた。

それが私の上司だと知ったのは、それから間もなくの事だった。

自殺に見せかけて殺すというのは、まだ手ぬるい方らしい。

拷問の果てに,生きたまま切り刻まれて死んでいった者もいると聞く。

その場面を映像に収めて他の者達に見せると、誰も逆らわなくなるという事だが・・・当然そうだろうと思う。

私は見せられた事が無いが、想像しただけで恐ろし過ぎる。


ここで待っていて、これから何が起きるのか。

失敗の責任を取らされて上司が殺されたという事は、失敗に対する処罰は終わっているはず。

けれど、この二人に関しては上司ではなく私に殺させたのはどういう意味があるのだろう。

まさかとは思うが、あの方は、私に対しても死ねと言うのだろうか。

いっそこのままどこかへ逃げたい気持ちにもなる。

しかし、組織の中でずっと生きてきた私に、今更逃げる場所など無い。

組織の中で少しでも貢献し、認められ、上に上がれるように、弛まず努力してきた。

子供の頃から、周りから大きな期待をかけられるほど優秀でもあった。

自分は選ばれた存在で、特別な存在だと思ってきた。

思考停止でAIに誘導されるままにただ従うだけの下々の人間達とは、立場が違うと思ってきた。

けれどそれならば、私の上司にしてもそうだったはずなのに・・・

一つの失敗があったという事は、それほどに許されない事なのか。


連絡が入り、内容を見てみると「現場はそのままにしてマンションから出ろ。下まで降りろ」という指示が入っていた。

現場には、私の指紋が残っているはず。

犯罪歴はもちろん無いが、私のやった事だと確実にバレずに済む方法はあるのだろうか。

入る時は特に人には見られなかったが・・・


考えながら下に降りると、マンションの前に車が待っていた。

どこに行くのか分からないが、乗らないわけにもいかない。

運転手が一人、助手席にもう一人。二人とも男性だ。

私が乗っても二人とも無言で、車は走り出した。



どんどん山の中へ入っていくし、どこまで行くのかと思ったところで車は止まった。

降りると、数メートル先に立っている人の姿が見えた。

「実験に失敗したサンプルを見失った挙句、結局見つけられなかったようだな。バイトで雇った女にまで逃げられている。早く始末しろと言ったのを忘れていたのか?」

決して脅すような調子ではなく淡々とした口調で、その人物が問いかけてきた。

そして一歩ずつ、こっちに近づいてくる。

怒鳴られたわけではないのに、体験した事の無い恐ろしさに体が震えた。

2メートル近い長身の男。

黒づくめの衣装。

恐る恐る相手の顔を見上げると、表情の無い蝋のように白い顔に瞳孔が縦長になった爬虫類の瞳が見えた。

首筋、手の甲は爬虫類の様な鱗に覆われて光っている。

上司からも聞いていた、人間よりもずっと大きな力があり高貴な存在というのが・・・今目の前に居る、この方の事なのか。

聞いていた外見の特徴はそのままだった。 


「私は数ヶ月も待ったのだが、お前達は実験失敗のサンプルを始末出来るどころか、発見することさえ出来なかった。ここまでの失態を見せておいてまだ言い訳をしようとは、まさか思っていないだろうな」

相変わらず、淡々とした口調で伝えられる言葉。

怒りや失望は伝わってこない。

ただ、起きた事を淡々と語っているだけのような・・・

それなのに何故こんなに恐ろしいのか。

言い訳は聞かないという事は・・・私には助かる道は無いというのか。

それとも何か言えば・・・一体どうすればいい。

「ここまで来てまだ何とかして助かろうと思っているようだな。意地汚く生にしがみつく人間の愚かさにはうんざりする」

私の考えている事は、全部読まれているのか・・・

「お前はここで首を吊って死ね。犯行がバレそうになって、自分から命を絶ったという筋書きだ。あれだけの失敗に対して、最大限譲歩してやったことをありがたく思え」

指差された先を見ると、木の枝にロープがぶら下がっている。


まさかこんなところで、私の人生が終わると言うのか。

今まで懸命に努力して生きてきた人生は何だったのか。

こんなところで終わりたくない。


反射的に私は逃げた。

山の斜面を駆け下り、転びながら。

振り向くと二人が追いかけてきている。

さっき車を運転してきた男と、もう一人の男。


何かが飛んできて、足を取られた。

倒れたところに二人が飛びかかってきて、必死で暴れたが逃れようが無かった。

首にロープがかかり、締め上げられていく。

ここで死ぬのか・・・

「後で死体を木にぶら下げておけ」

あの声が、そう言ったのが微かに聞こえた。










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