第24話 ここで暮らすうちに、以前とはまるで違う自分になっていた

ここで暮らし始めてから、もう五ヶ月が過ぎた。

その間に季節は秋から冬に変わり、春が巡ってきた。

季節の移り変わりを、こんなにはっきりと体感した事が、今までの人生であっただろうか。

子供の頃を思い出すと、少しはあったかもしれない。

けれど特に社会人になってからは、季節を意識することなど無くなっていた。


リモートワークになる前は通勤もあったから、一応外には出てたけど。

真夏や真冬に「暑くて嫌だなあ」とか「寒くて嫌だなあ」とか、それくらいしか感じていなかった。

ここにいると、生活の全ての中に季節を感じる。

冬になると葉を落とし、春には再び新芽が現れ、若々しい緑の葉を見せてくれる木々。

春になると元気に成長し始める草花。

その季節にしか収穫出来ない野菜や果物。

季節の素材を使った料理。


日常の暮らしというのは案外忙しいもので、枯れ枝を集めたり薪を割ったり火を起こしたり・・・

体を動かす事、重い物を運んだりする事が多くなったからか、気が付けば随分体格が変わっていた。

ジムで鍛えなくても勝手に筋肉が付いた。

スポーツや格闘技が得意な人も近くに居るので習うようになり、更に体力も筋力も瞬発力も増していった。

食べ物が変わったせいもあるかもしれない。


屋外に居る事が多いからか、日焼けして真っ黒になってきた。

髭を剃るのが面倒になってそのままにしていると,その方がいいと周りの皆も言うし剃らない事にした。

髪も一度も切らずにいたら伸びてきたので、紐で一つにまとめている。

会社に属していた頃と違って服装や髪型も自由で「きちんとした身なりをしなければ」という制限が無くなった。

「きちんとした言葉で話さなければ」という感覚もだんだん無くなってきて、周りの皆んなと気さくに話せるようになった。

一人称が「僕」から「俺」に変わった。会社員になる前はそうだったから、こっちの方が自然だ。

服装も、デスクワークより外での作業に適したものになった。

学生の頃に戻ったような感じ。

いや、それよりももっと自由かもしれない。


ここ数ヶ月で、見た目も考え方も、以前とは別の人間になったような気がする。


亜里沙とは、何故かすごく気が合った。

大変な目に遭ったという共通点も関係してるのかもしれないけど。

この場所で日々生き生きと生活している亜里沙は、俺が以前設定したAIのキャラクターの「亜里沙」とはまるで違う。

見た目も声も性格も。


そして俺は、今目の前に居る彼女と方がずっと好きだ。

バーチャル恋愛じゃなくて、リアルな恋愛。

好きだという気持ちを自覚してから、成就しなくても全然かまわないと思って告白するまで、ほとんど迷わなかった。


実験のサンプルとして用済みになり、奴らの手にかかっていつ消されるかわからないと思った時から、これを言ったら相手にどう思われるかとか、そんな心配は一切しなくなった。

気持ちを伝えた時、亜里沙は一瞬びっくりしたみたいだけど「ありがとう」と返してくれた。

その時から明らかに、二人の距離が近付いたように思う。

それまで以上に何でも話せる間柄になった。

しろねこ庵でも毎日会うし、他の皆んなも交えた日常の作業でも一緒にやる事は多かった。


告白から一ヶ月くらい経った頃に、お互いの気持ちをもう一度確かめ合って、付き合おうという事になった。

ためらわずに気持ちを伝えた事が、結果的に良かったということか。

だけど、もし告白が失敗で、バッサリ断られ距離をあけられたとしても、以前のように落ち込みはしなかったと思う。告白したことを後悔する事も。


一度最悪の状況まで落ちて、いつ殺されてこの命が終わるか分からないというところまで覚悟が決まると、怖いものは無くなるらしい。

今伝えたいと思った事は今すぐ伝える。

今やりたいと思った事は今すぐやる。

明日死んでも後悔しないくらい、今日を全力で生き切る。

それがいつの間にか、自分の中で当たり前になった。


一週間くらい前だったか、路地の外に偵察に行ってくるという数人が、一緒に行かないかと誘ってきた。

見つかったらどうするんだと思ったけど「見られてもまあ分からないと思うから」と言って皆んな笑ってるし。

それならという事で出てみたら、本当にそうだという事が分かった。

以前勤めていた会社の近くまで行って、真正面から歩いてくる同僚とすれ違った時、更に確信した。

明らかに目が合ったのに、彼は全く気がついていなかった。

自分では、そこまで変わったという自覚は無かったけど。


見た目そのものもそうだけど、醸し出す空気感が以前とはまるで違うと、皆んなが言ってくる。

多分内面が変わった事によって、面構えが変わったんじゃないかとも言われた。

少しずつ変わっていくから、自分では分かりにくいのかもしれない。


この数ヶ月で、ここに居る人達からあらゆる事を教わった。

自然の中から食べ物を調達し、調理して食べる方法。

薪割り。

火の起こし方。

食べられる植物。

自分の身を守るための事前警戒、護身術。格闘技。

人の気配を素早く察知する方法。

自分の気配を消す方法。

怪我をした時、体の具合が悪い時の対処の仕方。

薬草として使える植物。

民間療法。

作物の育て方。

自転車、バイク、車、家屋の修繕。

植物、鉱物、動物など、人間以外の存在とのコミュニケーションの取り方。

雲の動きを見て天気の移り変わりを予測する方法。


人が考えていることも、言われなくても即座にわかるようになってきたし、人以外の存在でも同じだということが分かった。

日常の暮らしの中で、直感,閃きがよく降りてくるようになって、自分で考えて工夫が出来るようになった。

頭だけで考えるのでなく、感覚を使えるようになった感じ。


お年寄りから子供まで、この路地の中の人達は皆んなそういう感覚を当たり前に持ってるけど、しろねこ庵店主の若菜さんは特に不思議な人だ。

最初見た時、同年代くらいかなと思ったけど45歳だった。

すごくエネルギッシュで若く見える。

店の仕事や日常の仕事で忙しく動いているかと思えば、突然その辺のベンチに座って、ぼーっとしている時がある。

瞑想か何かしてるのかなと思って見てると、しばらくしたらゆっくり立ち上がって歩き出す。

そして、さっき過去のこの時点に行ってきたとか普通に言う。

時空を移動できるのかこの人は・・・

「ちょっと忘れてた事があったから」とか「確かめたい事があったから見に行ってきた」と、まるで近所に野菜を買いに行った話でもしているように気軽に言う。

皆んな慣れてるみたいで、そういうもんだと思ってるみたいだけど。

俺はまだとてもそこまでは出来ない。

ここに居ると、いずれそんな事も出来るようになるかもしれないと思えてくるけど。










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