第22話 ある意味、殺されるより最悪な事が降りかかってきた
パソコンの画面を見つめたまま、しばらく震えが止まらなかった。
これからどうしよう。
引っ越しの費用も出ないかもしれない。
財布の中を確認すると、現金が二万円くらいは残っている。
電子マネーの方はどうだったか・・・
しばらくぶりにスマホを見た。
削除したものが勝手に復活しているのも、メッセージが溜まっているのも予想の範囲だからもう驚かない。
そんな事よりも大変な事が起きたから、そっちに神経が行っているのもあるけど。
大変な事はそれだけでは終わらなかった。
電子マネーの方も、どれもことごとく残高がゼロになっている。
こんな事って・・・
衝撃が大きすぎて頭の中が真っ白になった。
今までに一度も、アカウント乗っ取りや盗難に遭った事なんて無かった。
そういう事に関しては用心深い方だし。
まさかこんな事が起きるなんて、完全に予想外だった。
誰かにパスワードを知られた?
1つとして同じパスワードなんか使ってないのに全部?
当然だけどすぐに推測されそうな数字や記号は使っていないし、長くて複雑なものにしているし、定期的に変更もしていた。
相当に気をつけていたはずなんだけど・・・
起きてしまった事は仕方ない。
警察に届けるか・・・
だけどこの事と、僕が奴らの実験対象になってる事と、何か関係があるのか?
僕が気がついているという事は、知られていないはずだと思うんだけど。
そう思ってるのは僕だけで、既に何もかも知られているのか・・・
予定では、仕事を休んでいる間にマンションを引き払うつもりだった。
それが済んでから、僕の身に起きた事に関して職場がグルなのか、出来るなら調べようと思っていた。
どっちにしたってお金が要ることで、手元に二万円しか無いのではどうしようもなない。
これでは次の水道光熱費の引き落としにも間に合わない。
とりあえず止められるものは全部止めなければ。
ネット上で完了出来るものもあるし・・・
頭の中で忙しく考えながら、とりあえず最低限の荷物をまとめた。
スマホ、ノートパソコン、洗面用具、タオル、着替え・・・
バタバタしているのは監視カメラで見られているだろうし、あやしい行動と見られているかと思うけど気にしていられない。
階段を駆け降りて、僕はしろねこ庵へ向かった。
しろねこ庵に着くと、大変な騒ぎになっていた。
今朝ここを出て、戻ってくるまでせいぜい1時間ぐらいだったけど。
この間に一体何があったというのか。
お客さんも、亜里沙にそっくりな彼女も、店の真ん中に集まって何やら話し合っていた様子だった。
「大丈夫でした?!よく無事に戻ってこれましたね」
僕の顔を見るなり、店主さんがそう言った。
「皆んな集まってどうしたんですか?何かあったんですか?」
「家に警察が来なかった?」
「・・・いいえ。何で・・・」
「会社の金を横領したって疑われてるみたいだぜ」
お客さんの一人が教えてくれた。
「実名は出てないけど、これ多分そういうことじゃない?」
ネットのニュースを見せてもらうと、明らかに僕のことだと思われる容疑者のことが報道されていた。
これって間違いなく僕の職場の事だ。
それに部署まで同じだし。
容疑者は勤続年数14年。犯罪歴は無い。現在リモートワークで、数日前から心身の不調を理由に休職していた36歳の男性職員・・・現在得られているいる情報としては、賭け事にのめり込んで多額の借金があり金に困っていた・・・
「嘘だ。さっき帰ったら、口座にあった金が全部引き出されていたんだ。それ以外も全部・・・財布に残ってる現金しかなくて、これからどうしようって思って・・・僕は賭け事には興味無いし借金だって無い。もちろん会社の金なんて盗んでない」
何が何だかさっぱり分からない。
あまりのことに、頭がグラグラして吐き気がしてきた。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「私達はもちろん、この内容が本当だなんて思ってないから」
店主さんも、ここに居る皆んなも、口々に励ましてくれた。
おそらく嵌められたんだと思うと。
奴らにとって実験が失敗だったとするなら、僕は用済みというわけだ。
実験の存在に気付いたと見られたら、消される可能性はあると思ってたけど。
物理的にでなく、社会的に抹殺するつもりなのか。
ある意味殺されるよりも悪いかもしれない。
「生きてさえいればまだ何とかなるから、あきらめないでくださいね。私も、ここに居るお客さん達皆んなも居ますから」
店主さんはそう言ってくれた。
「だけどそれだと皆んなに迷惑が・・・」
容疑者をかくまったとなれば、ただでは済まない。
「誰も迷惑なんて思ってないよ」
お客さんの一人がそう言って,他の皆んなも頷いてくれている。
「ここは大丈夫だから。とりあえずここにいてください。後のことは皆んなでこれから考えましょう」
店主さんの言葉が、力強く胸に響いた。
ありがとうございますと言ったつもりが、声にならなかった。
不覚にも涙が溢れて止まらなくなった。
人ってこんなに温かいんだ。
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