第20話 ここだけが異空間?しろねこ庵
彼女は、何が起きたのかわからないという顔をしている。
猫を追いかけて路地に入ったら、いきなり人が沢山出てきたわけだから、びっくりするのも無理ないか。
「驚かせてすみません。危害加えるつもりは無いので、安心してくださいね」
僕の口調がいきなり変わったからか、彼女は警戒するような表情になった。
「・・・あの・・・もしかして私のやってる事って、かなりまずい事たったんですか?皆さん警察の人とか」
「違いますって。そんなんじゃないです」
僕は慌てた。
そんな風に思われてたのか。
だけど、という事は、彼女も自分のやってる事が何か良からぬ事だって知ってるのか?
「怖がらないでくださいね。この方はうちの店のお客様なんです。今までの状況お聞きしてて、むしろ、あなたが危ないんじゃないかって思って。余計なお世話かもしれないけど、助けられないかって皆んなで考えたんです」
店主さんが彼女に説明してくれた。
同じ女性だし、店主さんの明るい人柄と素朴な雰囲気が彼女を安心させたらしい。
彼女の表情が少し柔らかくなった。
「求人情報見てこのバイト始めたんですけど、本当に大丈夫かなってちょっと思ってたんです。お客様のご希望に沿ってAIのキャラクターと同じ外見を作って、お客様の目の前に現れるサービスって聞いてたんですけど、最初私を見た時に、ものすごくびっくりされてたみたいだったので・・」
「そりゃあびっくりしますよ。不意打ちでしたからね。僕はそういうサービスは頼んでないし、そんなのがある事すら知らないんで」
「そうなんですか?!それだったら何で・・・」
「話が長くなりそうだから、とりあえずゆっくり出来るとこ行きましょうか」
しろねこ庵でお茶を飲みながら、彼女に今までの話を聞いた。
最近職を失ってネットカフェで過ごしてる時、今のバイトを見つけた事、面接の事、仕事内容の事。
僕も、自分の今までの事を全部隠さず話した。
ここ何年も恋愛に縁が無くて、AIとの会話でバーチャル恋愛を楽しんでたことも。
振り返ってみるとカッコ悪い話だけど、皆んなで今の状況を把握するには必要だと思うから。
最近までの僕と同じようにバーチャル恋愛にのめり込んでる人もいるかも知れないし、彼女のようなバイトをしてる人も他にもいるかもしれない。
ここで聞いた、過去に起きた事件のことも、店主さんの許可を得て僕が話した。
怖い話ではあるけど・・・何で僕達が彼女を助けようと思ったかというところの、説明にもなる。
色々話しているうちに、彼女もだんだん打ち解けてきた。
お互い敬語無しでいきましょうという事になり、店に居た他のお客さん達も加わって自由に話し合った。
僕が実験のサンプルとして監視対象になっていることは、多分間違いないかと思う。
AIにどこまで影響受けるか、データ取られてると思うし、おそらく部屋にも監視カメラがある。
僕の話を聞いて、彼女は心底驚いた様子だった。
罪悪感も恐怖感も出てきたみたいだ。
「そんな事に加担させられてたなんて・・・求人見たのもSNSでだったし、今思ったら怪しいって分かるのに。本当にごめんなさい」
「気にしないで。僕は別に被害を被ったってほどじゃないから」
これは本音だった。
彼女から特に何かされたわけじゃないし。
「バイトを放り出して消えたとしても、今は特定の住所も無いのでしたら、かえって良かったかもしれないですね。彼らも追ってくる事は出来ないし」
店主さんが言った。
確かにそうだなと思う。
ここ二週間ほどはネットカフェに滞在してて、鞄一つに入る程度の荷物はコインロッカーに預けてて、スマホと財布は今持ってるって言ってたから。
個人情報がバレるようなものは何も無いはず。
探しに来られる心配は無いと思う。
「バイト探してるなら、良かったらうちで働いてくれませんか?時給多くは出せませんけど、空いてる部屋だったらありますし」
「ほんとですか?めちゃくちゃ嬉しいです。助かります。飲食店のバイトは学生の頃ですけどやった事があるので少しは出来るといいんですけど」
店主さんの提案に、彼女は大感激だった。
次の仕事をどうしようかと、日々不安だったのかも。
そんな中でSNSで見た求人なら、引っかかるのも仕方ないと思う。
真面目そうな感じは話してて分かるし、店主さんもそこを見てたのかも。
「私も外でチラシ配りとかあるから、誰か居てくれたら店を閉めなくても行けるし助かります」
店主さんはそう言って笑顔を見せた。
僕が、しろねここ庵に来るきっかけになったあのチラシ。
そうだった。
チラシ配りも人助けの一環。
これからもチラシを見てここに来た人が、何かに気が付くきっかけになるかもしれない。
「あっ・・・!スマホってまずいかも。追跡されてたら・・・今頃気が付くなんてごめんなさい」
「ここは大丈夫ですよ。ここに来てからのお話の中で、今もスマホ持ってるって言ってましたよ。大丈夫だから私も何も言いませんでしたけど」
「大丈夫って・・・」
彼女は、服のポケットからスマホを出して確認した。
「えっ?!電源切れてる?」
「ここではなぜか電波通じないんです」
なるほどそうなのか。
僕はここへ来る時スマホ持ってこないから知らなかったけど。
結界とか言ってたのは何かそういう・・・
「それって僕も今知ったけど、ここってほんと凄いね。なんか路地の外と中と全然空気感が違うのは分かるけど」
「私もそれ思った。もしかして異世界とか異次元とか?」
異次元召喚とかいうやつ?!
だったら何かこうもっと周りの状況が特殊な感じするんじゃない?
それとも次元上昇ってやつ?
パラレルワールド?
なんかわからないけど路地に入ってくる時の状況はあまりにも普通すぎる。
ここの店の感じも。
特殊な何かとか全然感じないし。
ただすごく癒されるし、空気が清浄というのか・・・
そうか・・・そういうのがそもそも特殊って事か。
「今の世の中の感じが好きじゃなくて山奥で住んでる人とかたまに居るのは知ってたけど・・・まさか街中にこんな場所があるって・・・」
彼女が感心したように呟いた。
僕と似たような事を思ったらしい。
「外とはちょっと違う世界って、すごく身近にあるんですよ。気付かれてない人が多いだけで」
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