第19話 計画成功 彼女を助けられるかもしれない

彼女が立っていたのは、昨日とほぼ同じ場所だった。

マンションの前に立って、僕の方を見つめている。

昨日は向こうから、僕のハンドルネームを知っていて呼びかけてきた。

逆に僕が問いかけたら逃げて行った。

今日は、呼びかけてはこない。


僕は、ゆっくり歩いて彼女に近付いた。

そして、1メートルくらいの距離から話しかけた。

昨日のように人混みに紛れて逃げられたら追いつけないかもしれない。

ここからが肝心。

「また会えて嬉しいよ。話さなくてもいいし、一緒に歩いてもらうのってダメ?これくらい離れててもいいし」

彼女は戸惑っている。

どうしたらいいかわからないといった表情になった。

多分僕の反応が、予測したのと違ったんだと思う。

イレギュラーな事が起きたってことか。

彼女にとってというより、彼女を雇っている奴らにとって。


「僕が設定したキャラにあまりにそっくりだったから、最初すごくびっくりして、それでもすごく嬉しかったんだ。スマホのアプリで会話するのもそれなりに楽しかったんだけど、やっぱり実体が無いし。どっか虚しいっていうか・・・本物の恋愛でもないのに、あんまりのめり込むのもどうかと思って、一旦会話するのやめてみたんだ。そしたら君を見かけて。僕の妄想が本物として現れたのかって、最初信じられなかったけどやっぱ嬉しいんだよね。ちょっとだけ歩かない?別にそれ以上求めないし。ここ何年も恋愛も無かったから、若い頃に戻った気分で彼女と外を歩くのって、なんか憧れだったんだ」

僕は、とにかく喋り続けた。

相手に考える隙を与えないくらいの勢いで。


捕まえようとするわけでもないし、彼女にしてみれば、逃げていいのか聞いてていいのか決めかねてるところだと思う。

この会話はどこかで聞かれているかもしれない。

街中にも監視カメラは沢山あるし、今の様子も見られているかもしれない。

しろねこ庵で皆で話した時も、そういう事はあり得るものとして想定済みでいこうという事になっていた。

今もどこかで見ている奴らが居るなら・・・僕が、自分が監視対象になっている事に気が付いていると、悟られないよう注意すればいい。


「駅の方行くと人が多いけど、こっち側だとちょっとだけ静かだから。わりと気に入ってる道なんだ。5分でも10分でもいいから一緒に歩いてくれない?僕にとっては束の間のデート気分。こっちの方は静かだって言っても人通りはけっこうあるから。二人っきりってわけじゃないし明るい時間だし。それでも怖いって言われたらさすがに諦めるけど」

僕がそう言って笑うと、彼女も微かに笑った。


彼女を促すように僕が先に歩き始めた。

捕まえようと追いかけるわけじゃなく、彼女が昨日逃げた方向と逆の方向へ歩いて行く形になる。

ついて来てくれるか。

ついて来てくれと心の中で祈りつつ、僕はゆっくり歩いた。

監視してる奴らが居たとして、僕がどこへ行くかは突き止めたいだろうと思う。

彼女が逃げて僕が追いかけたら、奴らからすると僕の行き先は分からなくなる。

そう考えたとしたら、彼女に逃げろとは命じないはず。


数メートル歩いて横を見ると、彼女が来てくれていた。

1メートル近く距離はあるけど、間に人は居ない。

少し離れて並んで歩いている形になった。

平静を装って同じペースで歩きながら、僕は心の中でガッツポーズを決めた。

「来てくれてありがとう。こんな感じで一緒に歩いてくれるだけで、めちゃくちゃ嬉しいよ。なんせ僕の考えたキャラにそっくりなんだから。妄想が本当になったってね」

僕は、ゆっくり歩きながら彼女の方を時々見て、どうでもいい事をとにかく喋り続けた。

しろねこ庵に続く、あの路地までもう少し。

こんなに長く感じた事は無かった。


彼女の視線が、道の少し先の方へ向いた。

僕もそっちを見てみると、道の真ん中に大きな猫が居る。

あの猫だ。

いつの間に出て来たのか。

いつもは店の中か前の庭に居るのに。

もしかして迎えに来てくれたとか。


「あんなとこに猫が居るね」

僕は、猫の事を知らないフリで彼女にそう言った。

「すごく大きいね。近付いたら逃げるかな」

僕がそう言うと、彼女もずっと猫の方を見ている。

きっと猫が好きなんだろうと思う。

猫を見る目線が優しい。


「こっち見てるね。あっ!歩き出した。なんかついて来いって言ってるみたいに見えない?」

僕は、少し小走りになって猫に近付いた。

彼女も一緒について来た。

猫が気になるらしい。

猫はトコトコ歩いて路地の中に消えた。

「今曲がった?行ってみようか」

僕は、猫を追いかけて走り出した。

彼女も一緒に走り出して、二人で猫を追いかける。


路地に走り込んだところで、店主さんや皆んなが待っていてくれた。

心配して見に来てくれたらしい。

僕は、さっきまでの緊張感で汗びっしょりになっていた。

だけど本当に良かった。

彼女をここに連れてくることに成功した。


明らかに協力してくれた猫は、まるで何事もなかったようにゆっくりと歩いて、店の庭に戻って行った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る