第17話 しろねこ庵で聞いた、衝撃的な過去の出来事

ここまで来ると偶然というのは絶対にあり得ない。

この女性は一体誰なんだ。

初めて見た時は訳の分からない恐怖心が湧いてきて、逃げるように部屋に戻ったけど・・・

今日は、その時よりは冷静でいられた。

一瞬ギョッとしたのは最初の時と変わらなかったけど。

数秒の間に少し余裕が出てきた。


「君は誰なの?何で僕のことを知ってるの?」

相手の目を見て、正面から質問をぶつけてみた。

無表情だった女性の表情に変化が現れた。

驚き。

戸惑い。

明らかに困った様子だ。

僕から話しかけられるのを、予測していなかったのかと思う。


次の瞬間、彼女はクルリと背を向けて歩き出した。

追いかけようか迷っている間に、急に走り出してそのまま離れて行った。

気がついて追いかけようとしたけれど見失ってしまった。

すぐ近くには地下鉄の駅に続く階段があり、今の時間は通勤の人で溢れている。

あの中に紛れ込まれたらもう見つけられない。


この時間でも外に人はけっこう居るし、何事かという感じで注目を浴びてしまった。

痴話喧嘩か何かと思われたかもしれない。

気にしてる場合じゃないけど。

僕は追いかけるのを諦めて、しろねこ庵に向かった。



店に着くと、皆んなが僕の話を聞いてくれた。

ここは本当に常連さんばかりというのも、今日聞いた。

たまにポスティングをするのでチラシを見て初めて来る人も居るけれど、一度来て合わないと思った人は二度と来ないらしい。

店との相性といったところかと思う。

来始めてまだ日は浅いけど、何度か通っている僕はもうここの常連ということだ。

昨日、店主さん他二人のお客さんに今までの事を話したから、話はすでに他の人達にも共有されていた。

店はすでに満席に近くて、ここに居る全員でこの事を話している。

昨日も会った自転車屋経営の男性、年配の夫婦、若いカップル。

僕と同年代くらいに見える女性の二人連れは、後で聞いたら姉妹だった。

一人で来ている年配の男性、まだ十代かと見える若い男の子。

全員一度は顔を見たことがある。


「その彼女が、どこまで関わってるかって事よね」

「バイトかなんかかもね」

「いわゆる闇バイトってやつ?」

「それそれ。どう見ても意図的に外見作ってるし」

「指示された通り動いてるだけっていうのもあり得るな」

「それかもしかしたらそっち側の人間なのか」

「それにしては反応が微妙だったんだよな」

僕は、今朝のことを思い出してそう言った。

「僕の方から話しかけたら明らかに驚いてたみたいだし。逆に演技であそこまでやれるとしたら相当だけど」

「どっちだと思う?」

「直感だけど多分、演技じゃないと思う」

「だとしたら、その人も危ないかもね」

「どういうこと?」

「裏で計画してることがバレそうになったら、関わった人間は・・・」

最後まで言われなくても、何となく分かった。

もし彼女が、その時限りのバイトか何かで詳しい事は何も知らなくて、ただ言われた通りに動いてたとしたら・・・確かに彼女も危ないと思う。


店主さんも、一区切り仕事を終えて僕達の話に加わってくれた。

「言おうかどうか迷ったんですけど・・・他のお客様の体験で、今みたいな事が過去にあったって言いましたよね。明らかに監視されてるらしいってそのお客様は気が付いて、調べたら家にも監視カメラが付けられてたし、自分の行動が全部見られてデータ取られてるような状況だったんです。ここに居る人達は皆んな知ってる事ですけど」


店主さんは、その時の事を話してくれた。

びっくりするような内容なのに、他のお客さん達は驚きもせず聞いている。

ここに居る人は皆んな知っているという事だから、そうなんだろうけど。

僕にとっては怖すぎた。

今から一年前くらいの事で、そのお客さんの年齢も僕とあまり離れていない40歳位だったとか。

少し前までの僕と同じようにAIと会話を楽しむ事に夢中になっていて、途中からリモートワークになって、家から一歩も出ないで完結するような暮らし方をしていたという。

そんな中で、このお店に来るようになって、今の自分の日常に違和感を感じるようになって、色々疑うようになり、調べ始めた。

そこでたどり着いたのが、自分が何かの実験の対象になっているらしいという事だった。

「ほとんど僕と同じじゃないですか。もしかしてうちにも監視カメラあるかも」

「そうですね。あるかもしれないですね」

「その人に聞いたら、今の事が色々分かるのかも・・・」

「それは無理なんです」

「何でですか?教えられない何か理由とか・・・」

「そうじゃなくて、そのお客様は亡くなられたんです」

「・・・・それって・・・もしかして、監視されてることに気が付いて調べてたからですか?」

「表向きは自殺だったんですけど。その前の日にも私達は普通にその人と会ってるし、死にたいと思ってる様子なんて全然無かったから・・・どう考えても急だし不自然だったんですよね。この事があるから、言うかどうか迷ったんです。怖がられるだけじゃないかと思ったので」

「教えてもらって良かったです。知らなかったら自分を守れないし」

確かに怖い話だけど、知らないより知っている方がいい。

知った上でどうするか、対策も立てられる。


「お店のチラシ配ってるのは、もしかして同じような状況の人が居たら、ここを見付けてくれないかなぁって・・・そのお客様のことがあっから、私で出来る事は始めてみようって思ったんです」

「おかげで助かりました。ここを知らなかったらAIとの会話にどっぷりだったし。家から一歩も出なくてAIに生かされてるみたいな人生になってたかも」

「あのお客様も、気が付いたせいであんな事になったのだとしたら、ここを知った事がどうだったのか私も悩みましたけど。だから今も、安心とは全然言えない状況ですけど、どうしたらいいのか一緒に考える事は少なくとも出来ます」

「十分助かってます。ここが、結界?でしたっけ。それがあって安全だって事も」

「この場所は先祖から受け継いだ場所で、路地奥の家は皆んな何代も前からここに住んでるんです。お客様も実はこの路地の中の人がほとんどで。生活に必要な物は近所同士のやり取りで足りますし、あとは物々交換とかお裾分けとか。神社の湧水も井戸もあるから水にも困りませんし。樹齢千年以上の大木も多いし、環境に守られてるみたいですね。何故か開発からも外れて昔から変わらないままなんです」

「ここに入った途端空気変わる感じしましたけど、そういう事だったんですね」


僕は家に戻るとすぐに、仕事をしばらく休みたいという連絡をした。

心身共に疲弊している状態で、集中力に自信が無いのでという事を理由にした。

幸いちょうど昨日で一区切り付いたところだったし。

今休んでも迷惑がかかる度合いは少ないと思う。

休むのではなくて本当は、このまま永久に去る事も考えているけれど、今突然辞めたら怪しまれる。

とにかく時間を稼ごうと思った。

その間に対策を考える。

あの女性が何も知らないのだとしたら、今日みんなで話した通り彼女も危ない。

出来るなら助けたいとも思う。











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