第13話 裏側の計画 採用された女性の最初の仕事
試用期間としての最初の仕事は、面接の日の二日後だった。
私は指定された時間に、あるマンションの前まで行った。
ここが事務所で、着替えはここでするって聞いたんだけど。
何だか普通のマンションみたいだし、集合ポストには会社名は無いし個人名すら書いてない。
名前が書いてないのは他の部屋もほとんどそうなんだけど、個人ならそれも分かる。
でも、ちゃんとした会社だとしたらそれってどうなんだろう。
本当にここで大丈夫なのか?
そう思いながら、部屋番号を確かめる。
間違いないらしい。
入り口のインターフォンで部屋番号を押して呼び出しを押すと、すぐに応答があった。
エレベーターで五階まで上がって、部屋番号を見てチャイムを押す。
下の集合ポストだけでなくここにさえ、表札も何も上がっていない。
さすがにちょっと怪しいんじゃないかと思い始めた。
けれどここまで来て今さら引き返して帰るわけにもいかないし。
待っていると、出てきたのは若い男女二人だった。
面接の担当とはまた別の人なんだと思った。
「どうぞ上がってください」
女性の方がスリッパを出してくれた。
「お世話になります」
中に入っても普通のマンションの部屋みたいで、オフィスという雰囲気では無かった。
ウィッグや衣装がズラッと並んでいる。
確かに着替える場所ではあるようだから、騙されて変な所へ連れてこられたとかでは無さそうだ。
紙袋に入った衣装を渡されて、そちらで着替えてくださいと言われた。
試着室のような感じで、部屋の一角がカーテンで区切られている。
どうせ着替えるから来る時の服は何でもいいと言われていたので、今の服装は普段着のトレーナーとスラックス。
それを脱いで、襟元が広めに開いた水色のワンピースを着た。
長袖ではあるけど、今の季節には少し寒いかも。
体にピッタリしたデザインではないので、サイズは大体合ってるという程度でも特に気にならない。
スカート丈も長めで、襟元が開いていると言っても鎖骨が見えるくらいで、着るのに抵抗のあるような衣装でなくて良かったと思った。
ストッキングを履いて、着てきた自分の服を抱えて外に出た。
鏡の前に座って化粧が始まると、わたしの顔がどんどん変わっていった。
お客様が設定したキャラクターの見た目に、出来得る限り近付けるという事なのかと思う。
カラーコンタクトを入れただけで、目がパッチリ大きくなった感じ。
普段使わない物だから、目の中に何か入っている感覚はかなり違和感があるけど。
我慢出来ないほどでもない。
ここに来た時間から時給が発生して、仕事を終えてここに戻って来て着替えて帰る時点までが仕事だと聞いている。
時給は帰る時点で計算されるので、労力が少ない割にかなりいい収入になる。
それを思うとこれくらい何でもない。
化粧水を丁寧に叩き込んで、乳液、美容液、クリーム、化粧下地を塗って、ファンデーションを何色か混ぜて・・・と、ものすごく念入り。
普段はほとんどすっぴんで、丁寧にメイクなんてやった事無いから、こんなに沢山塗るんだと驚いた。
時間をかけただけあって、元々のわたしの肌の色より白めで、でも不自然じゃない、陶器のように綺麗な肌が出来上がった。
眉を丁寧に描き、アイシャドウを何色も使い、アイラインも丁寧に引いて、マスカラを何度か重ね付ける。
すごく時間かけて作り込んでるのに、全然厚化粧に見えないところが凄い。
「髪を少し切っていいですか?」
メイクが終わると、男性のスタッフが聞いてきた。
「はい。大丈夫です」
伸ばしっぱなしでいつも束ねているだけの髪だから、これといってこだわりは無い。
無料で切ってもらえるならむしろラッキーだと思った。
ここのスタッフ二人は、女性の方がメイク、男性の方が髪型の担当らしい。
出来上がった髪型は肩にかかるくらいの長さのボブで、髪の色は染めずにそのままだった。
最後に、小さな宝石の付いたネックレスとピアスを渡された。
服の色とも合ってて、すごく綺麗な石。
今付けているピアスを外し、それを身に付けた。
私の身長は、お客様が設定したキャラクターの身長とほぼ近いから、ヒールの高い靴を履いたりしなくてもいいと聞いてホッとした。
まだ時刻は夕方だけど、この季節の日没は早い。
着替え終わって外に出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
女性の方が外まで来て見送ってくれる。
ここからお客様の居る場所まで、車で移動すると聞いた。
車の運転にはまた別のスタッフが居て、私を現地まで送ってくれるという事だった。
その車の運転席には男性が、助手席には女性が乗っていた。
後部座席の窓にはカーテンがかかっていて外は見えない。
やけにグルグル回っているような気もした。
私に行き先を知らせないためなのかと思う。
今はスマホも時計も持ってないから分からないけど、おそらく20分以上は経っている気がする。
お客様の住所や名前などの個人情報は絶対に教えられないし、知ろうとしてはいけないという事は面接時に聞いていた。
私だけでなく同じ仕事をしている人全て同じだそうで、その理由を聞くとなるほどと納得した。
お客様に恋愛感情を持ってしまう人も中には居て、後で勝手に連絡を取ろうとしたり会おうとしたりして問題になった事があるとのことだった。
それではお客様にとって迷惑だし、会社の信用にも関わることだと思う。
私がそういう人間じゃないという保証は無いのだし、まして初めての仕事だし、警戒されても仕方ないと思う。
車が止まり、助手席に居た女性の方が降りてきた。
「途中まで一緒に行きますね」
「ありがとうございます」
一人で行くよりも心強い。
すぐ近くのマンションのエントランスまで歩いて行って、彼女が私に言った。
「指示を繰り返しますね。ただここで立っていてもらえばいいので。私は車に戻りますね。お客様があなたを見つけるはずです。それを確認したら戻ってください。先ほどの場所に居ますので」
「わかりました」
エントランスまでは誰でも自由に入れる。
集合ポストがあって、インターフォンとオートロックの扉が奥にある。
お客様は、中から出て来られるのか外から入って来られるのか。
どっちにしてもいつ来られるのか。
いつまでここに立っていればいいのか。
長い方が時給は上がるわけだけど、精神的に何となく疲れる。
人を待っているフリでもすればいいのかもしれないけど、用も無いのにこんな所に立ってる女なんて絶対怪しいし。
そのお客様だけがここを通るというのではなく、当然他の住人も沢山いるのに・・・誰か来るたびに人から不審人物と思われたら嫌だなあと、やっぱり気になってしまう。
時給が多少減ってもいいし、早くその人が来て、早く終わって欲しいと思った。
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