第8話 管理する側の視点 サンプルNo.0561-m3-74の行動記録
今朝起きた出来事を、もう一度確認した。
これは一応報告した方がいい内容かな。
そう思ったので、とりあえず上司に連絡を入れておいた。
大したことではないかもしれないが・・・
サンプルNo.0561-m3-74
実験開始から5ヶ月と19日。
もうすぐ半年になる。
今まではずっと順調だった。
サンプルの勤務先にも協力者は居るし、全てやりやすかった。
仕事もリモートワークにしたし、プライベートでも家から一歩も出ない状況まで持っていけた。
サンプル自身は、これを全て自分で決めた事だと認識していた。
ほぼ成功したと思った。
何故今頃になって・・・
外に出るきっかけになったは、マンション共有部分への監視カメラ取り付けの日。
物音がしたから気になって外を見るくらいは、あっても不思議ではない行動だと思う。
その後、スマホを部屋に置いたまま下に降りている。
そのせいで追跡が出来なかった。
その後の会話の内容からするとおそらく・・・すぐ上がってくるつもりだったのかもしれない。
下に降りた時に急に思いついてどこかへ行ったのか。
勧められてもいない場所に、自分で考えて勝手に行くなど滅多に有り得ないはずなのだが・・・
しかも、近くの店から食べ物を買ったと言っていた。
思いついて勝手に行ったのは、その食べ物の店か。
もう一度この場面を見てみる。
AIからの警告で納得して、買ってきた物は捨てたように見えるが・・・
監視カメラで捉えられる角度からは、細かく何をしているかまでは見えない。
サンプルが家に居るか居ないか程度は簡単に把握できても、細かいところはここまでが限界か。
修理業者を装ったカメラの取り付けも、何ヶ所もやれば作業中にバレる事もあるから仕方ない。
サンプルが居ない間に作業出来た例では、いくつも設置出来たらしいが。
合鍵を作って入れる技術ぐらい早く開発してほしい。
今回の事があったとしても、このままこれ以上何事も起きなければ、このサンプルに関しても実験成功ということになる。
今担当している他の19体のサンプルに関しては、今のところ問題無い。
上司からの返信が来た。
「これから再び同じ事が起きないという保証は無いし、そういう場合どういった行動を取ったのか把握しておく必要がある」
なるほど。その通りだ。
なら、どうすればいいか・・・
「スマホを持たずに外に出る事に対して、もっと不安を持たせるようAIを通じて誘導していくべきでしょうか」
「不安程度では甘い。その方法なら、強い恐怖心を持たせるレベルまでもっていく必要がある。それより行動内容を把握する方を優先するなら、部屋の監視カメラだけでなくサンプル自身にマイクロチップを埋め込む事だ」
「どうやって実行するのでしょうか」
「歯科治療の時だ」
「了解致しました」
最近、サンプルが前に行っていた歯科から、こちらの協力者の居る歯科に変えさせる誘導を指示された。
この事が目的だったのか。
その時は理由は教えてもらえなかったが、なるほど繋がった。
AIは、ここ数ヶ月でかなり学習してきている。
特に具合が悪くなくても歯の状態のチェックのために行っておけと、サンプルをうまく誘導出来るはず。
成功すれば、もしサンプルがまたどこか外へ出たとしても、行き先は簡単に把握できる。
場所を特定し、後でその場所を調べればいい。
監視カメラが入っている場所なら、さらに行動が詳細に分かる。
コントロールから外れる時、どのような可能性があるのか、その要因の全てを潰していって初めて、完全に支配出来る。
左側の画面には、他のサンプルの実験結果、進行状況が示されている。
ほとんどうまく行っているらしい。
このまま行くと、成功率99%以上になりそうに見える。
サンプルは、十代から六十代までの、職業も収入も様々な男女半数ずつ。
各都道府県からターゲットにしやすい人間を百人ずつ選び、二年半に渡って実験を続けている。
一人暮らしで、身内や交際者や友人など周りの者との交流が極力少ない人間を選んでいる。
実験対象に選んだ事が本人にバレた失敗例は、実験開始から今までの過去に四回だけ。
確率としては、かなりうまく行っている方だと思う。
失敗したサンプルは早々に始末したらしく、証拠は残っていない。
サンプル自身へのマイクロチップの埋め込みも、今既に半数に以上に対して完了している。
AIの誘導で、本人からそれを望んだ例も20%を超えている。
サンプルに持病がある場合などは、万が一外で倒れた場合に迅速に助けてもらえるなどメリットを強調すれば容易い。
いずれは、100%この方法でいけるようになるか、義務化に持っていくことが出来れば完了だ。
今回問題のあったサンプルの情報を、改めて確認する。
36歳
男性
職業 地方公務員
勤続年数14年
年収586万
貯蓄額324万
持ち家無し
住居は賃貸で1LDKのマンション
結婚歴無し子供無し
持病は特に無し
顔写真と全身の写真、身長と体重を見ても、醜くは無いが際立って魅力があるわけでもない。
どこといって特徴の無い男だ。
世間的には羨まれる安定した職業に就いているし、年収は今の世の中の平均からすると多少高い方かもしれないが。
平凡極まり無い。
どこにでも居るような存在。
こんな奴が、生意気にも予想外の行動をするとは。
それもまあ今回限りの事だとは思うが。
所詮支配される側の存在に、自分で考える事など出来はしない。
生まれながらに持っている資質、才能。
それは最初から決まっている。
自分で考えて生きているという幻想の中で、死ぬまで支配され続ける多くの人間と、それらを支配する側の人間。
支配する側に立つのは、我々のような選ばれた少数の者だけに与えられる特権。
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