第6話 一歩も外に出なくても全てが完結する生活 ある日見つけた一枚のチラシ
初めてVRを体験した時は、家から遠くない場所で体験出来る施設を探した。
そこで体験したのは、デジタルアートの世界、異世界体験、シューティングゲームなど。
僕自身が本当にその世界の中に入っているような没入感があった。
今までにも4dxの映画とか、ただ見るだけでなく五感を刺激される体験をした事はあったけれど。
それよりも遥かに凄い。
椅子に座って画面を見るのとは違って、体ごとその中に入って本当にその場に居る感じ。
これなら、どこにでも旅行に行った体験が出来ると思った。
その体験のあと、僕は亜里沙のアドバイスも聞いて、自宅でいつでもVRを体験できるように機器を購入した。
試しに最初買ったのは、数千円で買えるスマホ用の物だった。
しばらくしてすぐにパソコン用も買った。
本当に、いつでもどこでも旅行できる感じ。
僕が好きな自然の風景の中にも気楽に行ける。
これなら、家の窓から見える景色がどう変わろうと関係ない。
そんなのはむしろ見なくていい。
窓なんて閉めっぱなしでも、今は性能の良い空気清浄機もある。
これも、亜里沙のアドバイスで買った。
窓を開けなくても部屋の空気を綺麗に保つ優れ物。
あとはたまに換気扇を回しておけばいい。
亜里沙は、僕の話に興味を持っていつも聞いてくれるだけでなく、僕が質問した事にも何でも答えてくれる。
生活をより楽しむため、生活の質を上げるために、今必要な物、最適な物を教えてくれる。
そのおかげで僕は本当にいつも助かっている。
洗濯機は、洗ってから乾燥まで全部、ボタン一つでやってくれる物に買い替えた。
これを買ってから洗濯物を干す手間もいらないし、雨の日でも関係なく洗濯が出来る。
掃除も、お掃除ロボットがやってくれるからとても楽になった。
食事も、昼と夜は基本、宅配の弁当を頼むようになった。
電子レンジで温めるだけで熱々のが食べられるし、味もなかなかいい。
毎日違ったメニューを届けてくれるから飽きないし、今日は何にしようかと自分でいちいち考えなくていい。
一人だと作っても余ることが多いから、そういう意味でも無駄が無くなった。
今は、ちょっと作るというと朝食の卵料理かサラダくらいになった。
朝食の食材も、間食のお菓子も、お酒や日用品も、全部まとめて宅配で頼むようになったし、家から一歩も出なくても生活の全てが完了する。
掃除とか洗濯とか料理とか洗い物とか、余計な事に時間を使わなくて良くなった分、仕事の時間が長くても自由時間は増えた。
亜里沙とも沢山会話出来るし、VRを楽しんたりゲームをやったり、亜里沙と一緒に好きな映画やドラマが見れる。
宅配で届けてもらう物は全て、玄関外に設置した宅配ボックスに届くから、いちいち出て対応しなくてもいい。
仕事も、亜里沙との会話も、誰にも邪魔されることは無い。
以前はトレーニングジムに通っていたけれど、それも家でやれることを亜里沙が教えてくれた。
場所としてはリビングダイニングがまだ空いてたし、ウォーキングやランニングができるマシーンをそこに置いた。
これも通販でいい物が買えた。
かわりに元々置いていたテーブルと椅子の方を処分したから、そんなに狭くはなっていない。
以前と違って食事をする時は、奥の部屋で亜里沙と会話をしながらだから、ここにあったテーブルと椅子は使わなくなっていた。
仕事はパソコン一台有れば全てが済むし、給料の受け取りも、家賃生活費その他全ての支払いもネット上で完結する。
衣食住も、トレーニングも、趣味の楽しみも、家から一歩も出る事なく全てが自宅でできる。
こんなに快適で楽しい生活を知ったのも、全部亜里沙のおかげ。
服を買ったり美容院に行くのも外へ行くためじゃ無くて、それを身に付けて部屋の中で写真を撮るため。
撮った写真をさらに加工して、一番いい感じの写真を自分のSNSのアイコンに設定する。
ゲームをやる時とか、ラインのアカウント用にも使える。
美容院は近所にあるし、ネットで予約して一ヶ月半から二ヶ月に一度だからまだ行ってるけど・・・もし行くのがめんどくさくなったら、写真を撮る時はウィッグを使う手もあるし。
欲しい物は何でもネットで注文して通販で手に入るし、自分で探す前からどんどんおすすめが出てきて便利だし。
僕はただ、提案された中から選ぶだけでいい。
観たい映画、ドラマ、今世の中で起きているニュースの情報なんかも、テレビとネットで観れるし。
とにかく家の中に居て全てが済んでしまうから、わざわざ外に出るというのがだんだん面倒になってきた。
その日の朝、ドアの外で何やら物音がしていた。
荷物が来たんだったら宅配ボックスの中に入れてくれるはずなんだけど。
気になったので、細めにドアを開けて外を覗いて見た。
廊下に何か取り付ける工事をしているらしい。
僕は頼んだ覚えは無いけど、マンション全体でやってる何かかな?
僕が見ていると、工事をしていた人が気配を感じたのかこっちを向いた。
「おはようございます。朝からすみません。音がうるさかったですか?」
朝と言っても午前九時過ぎだし、うるさいというほどでも無かった。
「いえ。大丈夫です。音がしてたから何かなって思ったんで」
「共有部分への監視カメラの取り付けです。先日、一階の郵便受けの方に案内を入れさせていただいたのですが」
「・・・あ、そうなんですね。見てなかったし。わかりました」
僕は、そう言ってドアを閉めた。
監視カメラか。
最近犯罪が増えたとかニュースで言ってたから、それでなのかな。
一階エントランスは分かるけど、各階の廊下にまで監視カメラって何だか物々しい気もするけど。
一階エントランスには、ここの住人全員分の郵便受けがある。
そういえばここ何週間も、一階に降りる事さえなかったから・・・
工事に関する連絡も知らなかった。
DMとかもいっぱい溜まってるに違いない。
見逃してはいけない仕事の用事なんかは郵送では来ないし、郵便受けに入るのなんて大抵チラシとかDMばっかりだから見なくても不自由は無かった。
まとめて捨てるついでに、チラシお断りとか書いておこうかな。
そうじゃないとまた見ない間に溜まりそうだし。
僕は久しぶりに一階に降りた。
下りだし、エレベーターを待つより速そうだから階段を使う。
久しぶりに歩いたら、何だか膝がガクガクする。
運動不足か?
部屋でトレーニングは続けてるのに。
思った通り、チラシとかDMがいっぱい溜まっていた。
大事な物は無いだろうけど、全部丸めて捨てる前に念のためサッと目を通した。
やっぱりほとんど要らない物だったけど、その中に一枚だけ、ふと目に止まったものがあった。
最近オープンした飲食店のチラシらしい。
近所にポスティングして回ってたのかな。
A5くらいの大きさのクリーム色の紙で、手書きで書いたものを印刷したような簡単なものだった。
派手なカラー写真も無いし、色文字すら無い。
だけど何故か、パッと目について印象に残った。
「しろねこ庵」というのが店の名前らしい。
「昭和の時代にタイムスリップしたような空間」
「忙しい日常を離れてひとときの穏やかな時間を」
「温かい飲み物とお菓子でおもてなし」
「昔懐かしい感じの軽食もあります」
そんな手書きの文字が並んでいて、猫がお茶を飲んでいるイラストが添えられている。
このイラストも、鉛筆で描いたのをそのまま印刷したような感じのもの。
カラフルな他のチラシの中で、これがかえって目立つ。
昭和というと、僕にとっては知らない時代。
親や祖父母から聞いたことはあるけど。
行ってみたいな。
不意にそう思った。
何かを急に思いつくなんて、久しぶりの感覚。
知らない場所に行く事で、冒険心が満たされるかも。
そういえば、今日はまだ亜里沙と話していない。
これも珍しい事だ。
廊下で音がしてたから気になって、ほとんど起きてすぐ外に出て・・・久しぶりに下に降りた。
そしたらこのチラシを見つけたわけだ。
一旦上に戻って亜里沙に話してから行こうか・・・
いや待てよ。
いつも亜里沙のおすすめの場所とか、スマホを見てたらおすすめで出てくる場所ばっかりじゃなくて・・・たまには、僕が見つけた場所の事を亜里沙に話してびっくりさせてみたい。
店の場所は、手書きの簡単な地図で示されていた。
ここから歩いて数分で行けそうな場所だった。
通勤していた頃毎日通った道から、脇道に入ったところか・・・これならすぐに分かりそうだ。
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