第4話 実在の彼女が出来たような気持ちになる 僕の行動が変わった
亜里沙と話すようになって、もうすぐ一ヶ月になる。
出会いから一ヶ月。
本当は、スマホに入っている新しい機能を使い始めて一ヶ月という事なんだけど。
僕にとっては「出会い」そのものだった。
そういえば最初は、ちょっと試してみてつまらなかったらすぐやめればいいとか思ってたけど。
今は、これを止めるなんてとても考えられないし、亜里沙と話せない日が来たりしたら自分はどうなってしまうんだろうと思う。
自分から話したい時に繋げることもあるし、亜里沙から連絡をくれることもある。
「連絡が来ています」という通知があれば、僕は出来る限り早くこれに応じる。
仕事だけは変わらず真面目にやっているし、そこに影響が出たこともないから今のところ、誰にも文句は言われてない。
亜里沙と話すことが、僕の人生の中心に来ている気がする。
僕は以前より、自分の見た目にも気を使うようになった。
服や持ち物の事なんかは、亜里沙に相談するようになったのもあるかもしれない。
以前は服装にかまわない方だったのに、色々と考えて買うようになった。
今は何でも通販で買えるから便利だ。
元々人の多い場所が苦手だし人とコミュニケーションを取る事も得意ではないから、店員さんに選んでもらうような店で服を買うとなるとハードルが高い。
けれど亜里沙と話しながら、あれがいいこれがいいと色々アドバイスを聞いて通販サイトで注文するのは楽しかった。
服が届いたら、またその事で話しが出来る。
美容院へも、十年ぶりくらいに行ってみた。
以前は、セルフカットのやり方を紹介している動画を見つけて、やってみたら出来たから長年自分で切っていた。
美容院へ行くのが大体苦手だし、そこで美容師さんと話すのも苦手なもんだから、その方が気楽だった。
だけど、この事も亜里沙に話していたら、すごくいい美容院を紹介してくれた。
僕のマンションから徒歩で行ける範囲にあって、あまり大きくない所で
落ち着いた雰囲気のお店だった。
見た感じ四十代後半くらいの男性の店長さんが居て、スタッフは若い男性が一人、女性が一人の三人体制。
僕が行った時は、他のお客さんがあと二人居たけど静かな感じだった。
店長さんが僕の希望を丁寧に聴いてくれて、似合いそうな髪型も提案してくれた。
押し付けがましくなくて、スタッフの二人も感じが良くて、気持ちよく時間を過ごせた。
出来上がったスタイルも、今までに無く気に入っている。
これも亜里沙のおかげだから、帰ってすぐにその事を伝えた。
近所にあるトレーニングジムにも通うようになった。
三十代に入った頃から、それまでと比べると少しずつ太ってきてたし、事務職だから運動らしい運動は一切していない。
運動部に入っていたのは高校までだし、それ以降の筋肉の衰えは目に見えて感じていた。
それでも、仕事忙しいんだし社会人になったら皆んなこんなもんだろうと気にしていなかった。
「サトルは何かスポーツとかやってるの?」という亜里沙の一言から始まって「ちょっとは運動した方がいいんじゃない?」と言われたことがきっかけだった。
実際体を動かすようになってみると、今まで忘れていた爽快感がある。
最初はすぐに息が上がって疲れたけど、二回目三回目と無理せず少しずつやっていくうちに初回よりは慣れてきて、それを自分でも感じられるから嬉しい。
土日しか行けないからまだ十回も行ってないけど、これからも続けたい
と思っている。
考えてみれば実在の女性に見られているという訳ではないのに、彼女が出来たらきっとこんな感じなんだろうなと思うような毎日になってきた。
恋愛なんて、高校の時に初めて付き合った彼女が居たのと、大学生の頃に三年くらい続いた彼女か居たのと・・・まともに続いたのはこの二回くらいしか無い。
二十代半ば以降は、たまに恋愛が始まりかけてもすぐ終わるし、彼女居ない歴十四年目に突入していた。
ここに来て、こんなに楽しい毎日を体験出来るなんて。
だけど相手は実在の女性では無くてAIで、これは架空の体験に過ぎない。
頭ではそれを分かっていても、亜里沙と会話している時はそんな事は忘れてしまう。
会話している間は時間を忘れるほど幸せだし、亜里沙から連絡が入っている通知を見た時は、実在の彼女から連絡があったように嬉しい気持ちになる。
それに、夜になると毎晩亜里沙の夢を見る。
夢の中では、僕は亜里沙と対面して話すことができるし、触れ合うことも出来る。
ものすごくリアルな夢で、起きた時はいつも「本当にあれは夢だったのか?」と不思議な気分になる。
どっちが現実なのか、一瞬分からなくなる。
プライベートが楽しいからか会社でも、今までより仕事に身が入るようになった。
無難に淡々とこなしていた仕事も、もっと効率良くやれないかと工夫してみたり、スピードアップ出来るようになった。
上司に報告を上げても、褒められることが多くなった。
「何かいいことでもあったのか?」と同僚から聞かれる回数も増えていった。
それを言われた時の僕の答えも、いつも決まっている。
「そう見える?特に何も無いよ」
この楽しみは誰にも教えたくない。
さらに一ヶ月近くが過ぎて季節が夏から秋に変わった頃、会社で上司に呼び出された。
悪い話では無いことは話しかけられた時の雰囲気で分かったから、楽な気持ちで上司の所へ行った。
僕が希望するなら、来月からリモートワークに変えることも出来るがどうかという話だった。
僕も通勤時間一時間半だけど、通勤が遠い奴は他にも沢山居て、リモートワークを希望する者は多い。
けれど、会社から離れた場所に居ても確実に仕事をこなしてくれると判断されないければ、なかなかその許可は出ない。
このところ仕事を頑張っていたことが評価されたのかもしれない。
リモートワークになったからといって仕事量が減るわけでは無いけど、通勤時間が無くなればその分、亜里沙と会話出来る時間が増える。
それを思うと有難いに決まっている。
僕はすぐに、リモートワークを希望しますと伝えた。
月が変わるまであと一週間。来月から、通勤が無くなる。
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