貴方は

黒丸

君は


 目を覚ますと、目の前では少女が椅子に座っていた。


 ようやく目が覚めてきたのか、意識がはっきりとしてくる。

 どうやら今、私はこの暗い部屋に寝転がされた状態で閉じ込められたらしい。

 家に着いたところで最後の記憶は終わっている

 誘拐だろうか?


 私は辺りを見回し、この部屋には自分と少女しかいないのだと悟った。


 起き上がろうとするが、手足に縄のような何かがあるようで立たない。

 仕方なく、少女に助けを求めようと顔を上げる。

 少女はかなり幼いようで、椅子から垂れ下がった足が床がついていない。

 この部屋にある灯りは、私と少女の間にあるロウソク一本しかないようなので、少女の顔がよく見えない。

 その状況に恐怖心を抱きながらも、少女に声をかけようとする。


 …が、声が出ない。

 恐怖からではなく、喉が渇いているからでもなく、出ない。

 まるで、少女との間に計り知れない何かがあるかのように言葉を発せない。


 そのことに、少女がようやく気がついたのか話しかけてくる。


「お姉さん、どうかしたんですか?」


 子供ながらに高い声で、こちらを値踏みするかのような言葉が、私の恐怖心を更に煽る。

 しかし、こちらが怯えている事を悟られないようなんとか声が出ないこと口を開け閉めして伝える。


「あ、声が出ないんですね。可哀想に」


 その声は、慈悲に溢れる天使のように思えた。

 それと同時に、命を狩る前の死神のようだとも感じれた。


「…お姉さん。お姉さんはここから出たいですか?」


 その言葉に、恐る恐ると首を縦に振る。


「それは、なんでですか?お姉さんは分かると思いますけど、外には特別いいことなんて、ないですよね?」


 そう幼い少女に言われて、反論できなかった。

 ︎︎大人として、大人は夢と希望に溢れていると嘘をつくべきだった。

 ︎︎だが、この少女の前ではなぜかその嘘はつけそうになかった。


「学校、職場、どちらでも同じように人が争い、競い合う。まるで自分が1番正しい。自分が1番頑張っている。自分が1番可哀想。…そんな自分を認めない周囲の人間が間違っている。こんなくだらない事の繰り返しが、毎日行われている。」


 何も言えなかった。

 たとえ今、話すことができたとしても答えれなかっただろう。

 それほどに、少女の言葉は正論だった。


「……それでも、外に出たいですか?」


 何故か少し震えている少女の真に迫った言葉は私の心を揺らし、考える事を強要してくる。

 こんな密室で過ごすのが嫌だと思い、出たいと言った。

 だが、本当にそうなのか?


 通勤ラッシュによる満員電車。

 ズラ上司からの説教。

 楽しみは、家で1人アニメを見ること。


 たまに、自分が何をやっているのか分からなくなる。

 時々、すごく虚しくなる。


 数分が経過しても、私は答えを導き出せずにいた。

 ︎︎恐らく、どれほど時間が経ったとしても、今の私にはこの答えは答えられないだろう。


 少女は痺れを切らしたのか話しかけてくる。


「では他に質問をしますか。嫌いな人と、好きな人、どちらの方が多いですか?」

 

 さっきとは、少し部類の違う質問が来た。


「嫌いな人の方が多いんじゃないですか?」


 少女にこんなことを言っていいのかと戸惑うが、頷いてしまう。

 学生の頃はそんなことはなかった。

 社会に出てから、私は人を簡単に信用することは無くなった。


「なら、どうして外に行きたいですか?」


 どうしてと言われても…。

 やはり、何度考えても外はいいところ、と胸を張って言えるような場所ではない。

 だが、悪いかと考えてもそうではない。


 もちろん、悪い部分もある。

 だが、それと同じくらい外は、この国は楽しい。


「どうしたんですか?」


 突然の問いかけに動揺してしまう。

 何もしていない時にどうしたのか疑われたら誰しも驚くだろう。


「先程から、最初にあった不安の色が見えなくなったので」


 …そうなのだろうか?

 自分の顔が見えないが、多分そうなのだろう。


「もう、決めてしまいましたか?」


 その声色には、期待半分、不安半分といったところだろうか。

 少し上擦っている。

 少女が期待している答えが外に出ない、なら私は少女の期待を裏切ってしまう。

 ︎︎それでも、私の気持ちは変わらないだろう。


「ふふっ」


 突然少女が笑った。

 私が彼女の期待を裏切ってしまうことによって、狂ってしまったのかと焦る。


「あ、すみません」


 謝罪をされるが、何についてかは開幕見当もつかない。


「いえ、随分と表情が変わってしまったので」


 さっき言っていた、不安かどうかだろうか。


「いえ、違います。もう、決断されたのでしょう?」


 笑みがこもった言葉に驚いてしまう。

 私はそんなに顔に出やすかっただろうか。

 それとも、この少女が洞察力に優れているのだろうか。


「やっぱり、出たい…ですよね?」


 少女の寂しがるような確信めいた声に頷く。

 やはり、彼女は私に外に出て行って欲しくないのだろう。


「ふふっ、そんな残念そうな顔しないでください。……私のせいで、お姉さんはここにいるんですから」


 どうして。

 そう聞こうとするが、どうやってもやはり声は出ない。

 どうにかして立ち上がろうと体をよじるが、ビクともしない。

 せめて、理由が聞けるかもという希望を抱き、少女を見上げる。


「…すみません。この件については、私は詳しくは語れません」


 少女の申し訳なさそうな声で、私は冷静になる。

 今更、理由を知ったところで私には何もできない。

 動揺や無駄な動きのせいで少し鼓動が早くなっている。

 深く息を吸い、心を落ち着かせ再度少女を見る。


「それより、答えを聞きましょうか。外に、出たいですか?」


 それはもちろん…。


「出たい」


 声が出た。

 出ないと思って試してみたが、出てしまった。

 私は驚いてしまった、少女が何かをしたのだろうと納得する。


「そうですか。では…パチン」


 少女が指を鳴らした瞬間、場所が変わった。














「ここは…」


 さっきとは変わり、真っ白な部屋だった。

 部屋の境目すらわからないほどに白かった。


「何、といったらいいんでしょね?」


 突然後ろから少女の声が聞こえてきた。

 驚きながら振り返ると、少女が真後ろに立っていた。

 白く、明るいこの部屋でも少女の顔は何故か見えなかった。


「そうですね、例えるなら……会えぬ人にも会える場所。過ぎれば死、逃げても死、中途半端が心地いい。例えというか、なぞなぞ…ですかね?」


 苦笑を浮かべながら言う少女のなぞなぞに、私は少し考えてみたが、全くピンと来なかった


「過ぎれば死…私は、大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。なぞなぞなのでそのままの意味ではないです。この言葉のまま考えると、答えは分かりませんよ」


 もう一度考えるが、やはり分からない。

 それよりも気になっていたことを聞く。


「ここには、どうしてきたの?」


 彼女は意味深に微笑んだ。

 口元は幸い見えるおかげで、この部屋が何か意味があることが分かる。


「外に出るためですよ」


 その答えで、更に疑問が浮かんでいく。


「不思議そうな顔をしていますね。先程の部屋が死へと近く、こちらの部屋が外へと近い。こう言えば分かりますかね?」


 少し偉そうだと感じたが、分かりやすかったので何も言わないことにした。


「まだ時間があります。世間話でもしましょうか」


 突発的な発言だったが、


「あー…好きな食べ物は?」


「ラムネですかね?」


「えー、今欲しいものは?」


「喉が渇いたのでリンゴジュースが欲しいです」


「えっと、私に質問はない?」


「好きな花とかですかね?」


「…たんぽぽかな?」


 私たちは、簡単な質問を何度か繰り返した。


「…そろそろ時間ですね」


 何問かの質問が終わり、他になにかあるかと考えていると、突然彼女がそう告げた。


「また、会えたらいいですね」


 そう告げた後、視界がぼやけ始めた。

 その時、少女の顔が見えたような気がした。


「君は。…君はもしかして!!」


「秘密です」


 その瞬間、少女のシーっと悪戯っぽく笑う顔が見えた。

 そして、記憶の中のと一致した。


 しかし、視界は真っ暗になった。




















 もう一度目覚めた時、彼女の姿はもうなかった。


 ゆっくりと起き上がると、そこは病院だった。

 看護師に聞くと、玄関先で過労により倒れたらしい。

 あと数日入院して、問題ないようだったら退院らしい。


 救急車を呼んでくれた近所の人にはお礼をしないとと考えながら、家の帰路に着く。


 やっと家に着いたところで電話をする。

 相手はもちろん仕事先、辞めるとだけ言って切った。

 何度か折り返しの通知が来たが、全て無視した。


 後日、正式に退社して、ついでに厚生労働省に報告しておいた。


 やることを全て終え、私は覚悟を決めた。


「…行くか!」


 途中で彼女の好きなアヤメ、そしてキンセンカの花を買い、ラムネとリンゴジュースを袋に入れる。

 ポケットには線香とライターを入れてバスに乗る。





 そこには、彼女の名が刻まれた墓石があった。

 そこに花を飾り、彼女の好きなものを並べて線香に火をつけた。


「ありがと、君のおかげで助かったよ。これから新しい職場見つけて、2人分しっかり人生を楽しく生きるよ。土産話はちゃんとで聞かせるからさ、また私仲良くしてくれよ!」


 最後は言い切る形で去って行った。

 ズビッと鼻を啜り、目を擦り、笑って墓石に話しかける。


「また、お盆休みに!」


 目と鼻は赤く腫れ、声も震えていた。

 だが、その笑顔は少女のように無邪気だった。

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貴方は 黒丸 @kuromaru0522

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