第9話 勉強会で言えない③
「紹 介 す る わ ! ! ! !」
全校生徒に聞かせる気か、とツッコみたくなる大声を三階の渡り廊下から轟かせるむにこ。ここには今あたしとむにこを除くと三人の女子がいた。
「
名前を呼ばれたその子、灰色の髪をショートカットにした山王さんは綺麗な正座でスッと頭を下げる。
「改めまして、よろしく。
「ど、どうも……」
「そして!こっちは
紹介された栗色ロングの子はお弁当をつまみながら反対の手をひらひらと振る。
「よろ~」
「あ、よろ~」
「そして!!この子は図書委員で文芸部の
前髪で目元まで隠している黒髪ロングの女子がおどおどと反応した。
「ひぅ、よ、よろしくお願い……」
「よろしく……」
「最 後 に !」
一際大きな声を放って立ち上がるむにこ。仁王立ちでバシンと胸に手を当てる。
「一年五組のクラス委員長、
「あっはい……よろしく……」
ふふん!と鼻息荒いむにこ。後ろに爆発が見えそうな勢いといい、この特徴的な声といい、自己主張の強い性格といい、アニメの世界から出てきた人みたいだ。
「さ、あなたの番よ!
「え、ああ、まあそうだよね……。えと、初めまして?あたし、大上芽衣っていいます。美化委員で、帰宅部です。えー、得意ではないのに人生相談されることが多いです。よろしくお願いします」
「よろしく」「よろしく~」「よ、よろしく……です」「よろしく!!」
みんなして二周目のよろしくを言い合った。二学期も半ばを過ぎたというのに自己紹介ってのもなんか変な感じ。
「むにこちゃんはやく食べないとお昼おわっちゃうよー」
「そうね!さっそく食べましょう!今日のお弁当のテーマは『優勝劣敗』よ!」
「そういうハルナはもう食べ終わりそうだな。食べ始めを合わせないのはマナーが悪いぞ」
「あ、むにこちゃんはいつも四字熟語をテーマにしたお弁当自分で作ってくるんだよ、すごいよね……。あ、いきなり話しかけてごめん……」
「え?や、うん大丈夫。へえー板花さんお弁当手作りなんだぁ」
挨拶が終わるとすぐに自由な会話がスタート。二人並んで座っていた山王さんと筑波さん、むにこ牧岡さんそしてあたしの二グループに自然と分かれた。
「右は豪華だけど左は落ち着いてるね?」
「そう!紅組のおかずは前日の夜から仕込みをして、白組は今朝冷凍庫からそのまま詰め込んだの!しっかりとした準備を整えてきた紅組はおいしく、雑に投入されただけの付け焼刃な冷凍食品はまずく仕上がっているという寸法よ!」
「冷食の扱いが冷たすぎる……」
なんでこんな状況になったのか。いまいち呑み込めていないあたしをよそに、むにこは楽しそうに唐揚げを頬張る。……あたしもとりあえず食べよう。お腹減った。
コンビニの茶色いビニール袋からおにぎり二つとツナサンド、そしてぶどうジュースのパックを取り出す。
「メイはコンビニ派なのね!」
「うん、まあ。親が放任主義で、お弁当作ってくれないからさあ」
「そんな……大丈夫ですか……?」
「あいや、そんな深刻な感じじゃなくて!お昼代はいつも千円もらえるし、余った分は貯金しときなって感じで、全然冷たい感じじゃないから!大丈夫大丈夫!」
そういえばここにいる他の子たちはみんなお弁当派だ。親御さんに大切にされてるんだなあ。
「アナタ、本当に大丈夫なの」
「えっ」
むにこがいきなり真面目なトーンで訊いてきた。驚いたことにいつもの大声じゃない。その表情も、答えを求める真剣なものだ。
ちょっとうろたえてしまう。姫子グループにいたときは、こうも他所の家の事情に踏み込むような質問をガチですることなんてお互い絶対なかった。えと、あたしも慎重に答えたほうが良いんだよね、これは。
ちょっと姿勢を正してむにこの方を向き、丁寧に選んだ言葉で本心を伝える。
「……こうしてみるとちょっと寂しいかもね。前まではそんな気にしたことなかったんだけど、誰かと一緒に食べるなら話題になるようなお弁当の方が盛り上がって楽しいかもーとか、今は思ってる」
「大上さん……」
「メイでいいよ。でも、お弁当作るのって大変だって聞くから、今更お母さんにお願いするのもちょっと心苦しいし……うん、今度自分で作ってみようかな。板花さんのお弁当みたいにコンセプト決めて作るの面白そうだもんね!」
「ふっ。そうね」
不敵な笑みを小さく浮かべ、むにこはあたしの前にお弁当の蓋を逆さにして置いた。
?
「大変よ。朝は早起きしなくちゃいけない、栄養バランスとの両立は面倒、親に許可と理解を貰う必要もある」
言いながら、蓋の上に美しく巻かれた紅組の玉子焼きを乗せる。
「だけど楽しいことはそれ以上よ!友達に褒めてもらえたり、苦労話を笑いあったり、他の子のおかずと交換する交渉材料にしたり!お昼休みが毎日待ち遠しくなるわ!」
横から別の箸が来て小さなポテトサラダを乗せる。牧岡さんだ。続いて山王さんがタコさんウィンナーを、筑波さんがうさぎのリンゴを乗せた。
「おすそわけ~」
「対価は食べた感想としよう。気負わなくていい」
「コンビニご飯に及ぶかはわかりませんが……!」
小さなお弁当がそこに完成して、あたしに差し出された。
なんだか、眩しい。たからものを詰めた小箱のような愛おしさがあった。
「あ、ありがとう……。なんか、えっ、なんか照れる……!ほんとに食べていいの、こんなに……」
「むにたちの気持ちよ!受け取らない方が失礼ってものだわ!」
「そう、だよね。じゃあありがたく、いただきます……!」
コンビニの袋から店員が間違って入れた割り箸を取り出して、いざ実食。
出汁が沁みてみっちりとした歯ごたえに満足感がある玉子焼き、舌触り滑らかで優しいポテトサラダ、濃い味の旨味が嬉しいタコさんウィンナー、見た目にかわいく食べて甘いウサギのリンゴ。そのどれもが人の優しさという隠し味で心を温める一品だった。
「おいしい……!なんか、あったかい感じ……?みんな、ありがとう!」
「へへ~?リンゴもあったかかった?」
「馬鹿。そういう比喩だ。空気を読めハルナ」
「よろこんでもらえてよかったです……!」
「ふん!当然よ!このむにの手作りなんだから!」
秋もずいぶんと過ぎて、もうすぐ冬といったひんやりとした季節。それでもこのときあたしたちは、ぽかぽかと温かさに満ちているのを確かに感じたのだった。
「で、むにこ。どうしてメイを誘ったんだ?」
「あら、言ってなかったかしら!
それはもちろん、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます