第8話 勉強会で言えない②
朝日が澄んだ青空を白っぽく輝かせる月曜の朝。8時を過ぎて人がまばらに入り始める教室にあたしはいた。教室後方の窓際には
そうだ、お昼になってから誘おうとして失敗するのなら、邪魔が入らない朝の時間に話しかければいいじゃんか。自らの大失敗に気づいてうだうだと反省した週末で得られた唯一のアイデアは、まだ実行に移せていない。
いざ席を立って近づいて話しかけようと考えると、「どのツラ下げて?」という疑問が頭からあたしを押さえつけた。
抱き着くように机に伏せって、無意味にスマホを起こす。待ち受け画面は時間割にした。流石にもう姫子たちとの京都旅行の写真を見る気にはなれなかった。今の状況なら変えてしまっても不義理とは思われないだろうし。一限目は英語、朝から英語表現か……だるいなあ……。
「あ、英語、課題、やってない……!」
しまったやばい完全に忘れてた!
すぐに机の収納からスクールタブレットを取り出して英語表現の教科書を開く。提出課題だったら昨日の夜23時には締切だけど、これは授業で聞かれる場所を埋めるだけだからまだ間に合う!ええとこの、文法は……なんだろ、わからん。ジーピーティーに聞くか……。
「
突然だった。
ひんやりとした朝の空気をバリバリ裂くような大声で、西降さんを呼ぶ声が後ろから聞こえた。クセがあって、キャンキャンした感じの高い声。振り返るとやはり、彼女のトレードマークである小さな体と赤っぽいハーフツインが目に映った。一年五組の小さなクラス委員長「むにこ」こと
対する西降さんを見る。思い切り眉を吊り上げ横一文字のジト目から鋭い視線をむにこに送っていた。
「どうしたの?大声選手権の会場ならここではないと思うけれど」
「なによそれ!!むにはそんなこと聞いてないわよ!!」
「だったらその声量は何?誰か倒れてるの?だったら教室の隅にいるわたしではなく、中庭を挟んで反対の校舎にある職員室に向かって叫ぶべきだわ」
「むにはアナタに用があるの!!西降永遠!!」
「いい加減にして。あなたが声を落とさない限りわたしがあなたと話すことなんて何一つない」
「なによそういうこと!?だったらそうと早く言いなさいよ!!」
「言ったんだから早く静かにしてくれない?騒音も公害になるって習わなかったのかしら」
助走無しで始まったフルスロットルのバトル……に、見えたのはあたしの勘違いのようで、むにこは本当にただ声が大きいだけで普通に話がしたかったらしい。
西降さんに一歩近寄ると、腰を折って姿勢を低くし耳打ちしようとする仕草。西降さんは……もうすっごい嫌そうな顔。まあわかる。あの大声を今度は耳元でかまされたらと思うと耳を寄せるのはめちゃくちゃ怖い。
というかむにこ、
「…………、………………!」
「…………。」
あたしの席からはむにこの小さい唇がぱくぱくとよく動くのが見えたが、遠すぎて何を話しているのかは全く聞こえない。要件を聞く西降さんは最初こそ強張った顔だったけど、だんだんと神妙そうな顔つきになっていった。その表情から内容を推察するのはさすがに難しい。ジュリならできたかもしれない。姫子なら唇の動きでわかったりして。いやそんなこと考えてる場合だっけ?さっきまで何してたっけ。ああそうだ英語の課題……。
「わ か っ た わ ! !」
目をタブレットに戻した瞬間に大声が響いた。
そちらを向き直ると痛そうに耳を抑える西降さん。
そして、ずんずんとあたしの方にやってくるむにこ。
その足はあたしの席への最短ルートを正確になぞっている。どしどしといった勢いで自信満々な少女がどんどん迫ってくる。
「え、えっ?え、え、なになになになに!?」
「
「うるさっ。えっ、なに!?」
どやぁって効果音が聞こえてきそうなピカピカの笑顔を子供っぽい顔いっぱいに広げて、それをずいっと近づけて。
「今日のお昼!!むにたちと一緒に食べましょ!!」
あたしが西降さんにずっと言えない言葉を、この子はどうしてかあたしに言った。
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