第5話 ハロウィンでは言えてた④
「そのくらいにしてもらえるかしら、西降さん」
会場に設置されたスピーカーから響く大音量。ノイズが入っていてもわかる優雅で余裕のある声はまさしく、このパーティーの主催者にしてクラスカーストの頂点、幸城姫子のものだ。
白雪姫の恰好をした彼女は、割れるように避けていく人ごみの間から数人のメイドさんと黒スーツの女性を連れて現れた。険しい顔で銀色のマイクを見て、後ろの付き人に何事か言ってからそれを渡す。それからにっこりと優し気な笑みを浮かべて西降さんの前へと歩み出た。
「話すのは初めてよね。私は
雪のように白い手袋を着けた手が差し出される。西降さんはそれを取る素振りを見せない。
けれどそもそも、握手を求めて出された手ではなかった。姫子は手のひらをやや仰向けに開いて、入り口の扉の方へ伸ばす。
「けれどごめんなさい。あなたが来ることをすっかり失念してしまっていたみたいで、今ここにあなたをおもてなしするのに十分な用意が無いの。また後日、この埋め合わせをさせてほしいわ」
姫子の言葉が終わると同時に、後ろに整列したメイドさんたちがうやうやしく頭を下げる。仰々しい謝罪。だが冷酷な白雪姫のジェスチャーでその意図は容易に理解できる。
お呼びじゃない。帰れ。だ……。
吸血鬼の恰好をした少女はそれを見て取ったのだろう。眉を下げ、目を細め。愛らしくも低く冷たい声で言った。
「埋め合わせは結構よ。少しも気にしていないから。素敵なご対応に感謝します」端的に言い残す。そして微塵のあとくされもないように振り返って、スタスタと、歩いて出て行く……。
「……えっ?」
あたしはどうしてか、それがおかしいことに思えてならなかった。
不自然。不気味。気持ちのわるい、違和感。
なに?なにかがおかしい。そうじゃないじゃん。それは違うじゃん。
さっきまでは、あのジュリと真っ向から対立してまで話をしようとしてたのに。
あたしたちが避けてきた秘密に踏み込んでまで、「なぜ」を問いただしていたのに。ジュリはまだちゃんと答えたわけじゃない。なのにまるで無かったことみたいに、そんな簡単に諦めちゃうの?それじゃあそっちこそ、「なんのためにそんなことを」していたの。この会話で得られたものなんて、ジュリの失墜と、姫子のグループみんなとのギスギスくらい……。
「めちゃくちゃにしてやる」
それが狙いだった?
だとしたら、目的が果たせたから帰るんだ。
「文脈でわかるじゃん!」「ほんとにわからなかったの?」「ピュアすぎかよ~!」
自分に恥をかかせて嘲笑ったジュリに、復讐ができたから……
「素敵なご対応に感謝します」
あれ?でもおかしい。
ホールの大きな扉を出て脇に消える小さな背中を見る。
彼女は姫子の言葉を聞いてあっさりと帰ることを決めたんだ。
お呼びじゃないから帰れっていう裏の意図を、ちゃんと理解してる……?
「あの子は、ジュリが言うような子じゃない……」
わかってて来たんだ。呼ばれてないって。
呼ばれてないのに、あんなにおめかしして。学校から一度帰って、家で着替えて、電車に乗って、この高級ホテルに貸切られたパーティー用のホールに、たった一人で……。
それで、得られたのがこれ?
嗤われたっていう辛い思い出と、やり返したっていう虚しい体験と、これからも続く姫子たちとの対立。そんなもの?
……そんなの。
苦しい。
「ああっ、あたし!!」
悲鳴のような大声があたしの喉を飛び出した。
当然その場のみんなが見る。ゾンビが、ナースが、ミイラ男にアニメキャラクター、メイドさんやスーツの人や白雪姫に女子高生も。みんながあたしを視線で貫く。
一瞬で喉が塞がれて、口が縫い付けられたようになる。下を向く。
いや、ダメだ。退くな。負けるな。歩き出せ。
ホールの入り口へ震える足を進める。異物感のある牙で下唇を噛んで、勢いをつけて口を開く。空気が酸素を求める肺の中へ吸い込まれて、あたしはなんとか深呼吸を成立させた。
さっきまでの心地よさはもうない。とてもとても息苦しい。とてもとても、とても辛い。
でも、やめない。
振り返って、叫ぶ。
「あたしが!!西降さんを呼んだの!!」
白雪姫が小さく「まあ」と反応するのが不思議なほど鮮明に聞こえる。
「姫子、ごめん!パーティー台無しにしちゃって」
「気にしていないわ」
「ジュリも、ごめん!なんていうか……ほんとに!」
「は……?いや……」
腰を直角に曲げてしっかりと謝る。みんなに見えるように、見せつけるように。
これでいい。これで、明日以降姫子グループの誰かが西降さんを虐めようとしても、まず連れてきた責任があるってことであたしに矛が向くはず。
今は、これでいい!
「それで、あたし責任とって、今日はもう帰ります。西降さんと話をしてきます!」
「あらまあ、思いやりがあるのね。けれど私……」
「あの子根は悪くない子だから!!!ちょっとツンが強いだけなの!!!ごめん!!!」
これ以上は呼吸がもたない!
震える足で転げるようにホールを出て、高級ホテルの明るいライトに照らされた廊下を疾走する。
根は悪くないとかツンが強いとか全く勝手なことを言ってしまったけどもう気にしていられない。すぐに追いかけないと見失ってしまう。別に見失っても彼女はクラスのグループチャットに参加しているんだから連絡はとれる、でもそれじゃダメだ。
今日のために彼女が作り上げてきた、あの
全力でエントランスへ走るあたしを、余裕と自信に満ちた立派な人達が迷惑そうに避けていく。歩幅はかつてなく大きい。体が熱い。心は、軽い。
ああ、大失敗だな。ジュリにあんなこと言った子を庇って、姫子をソデにしてパーティーを抜けるなんて。やった。やっちゃった。やらかした。やってしまった。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……あーあーっ!!」
夜空の下、ホテルの外を出てすぐ、人目も構わずに声に出す。
もう。全部めちゃくちゃだ。
だけど、なんて、
──心地良いんだろう。
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