第3話 ハロウィンでは言えてた②

「邪魔だから消えてほしいんだけど」


幼さの残るかわいい声。だけど澄んでいて凛とした綺麗な声は、なおも人ごみの向こうでとんでもないことを言っていた。


「誰も彼も着飾ってきたわりにやってることはいつもと大差ないのね。大仰な格好だから寧ろ滑稽に映るわ。麗しのお姫様はどちらにいかれたのかしら。囲むならわたしなんかよりあの子にしたらどうなの、小人のみなさん」


歯に衣着せぬ毒舌。ジュリと向かっていた人だかりは動揺のあまり固まるクラスメイトでかっちり閉ざされていた。

だ、誰だろう。パーティーに来てるってことはうちのクラスの子だと思うけど……こんな性格悪い子いた?いたとしてなんで来てるの?ちょっと、人が邪魔で見えない……。どいてほし……い!

「どしたあー?なんか空気悪い気がするんだけどー」

前にいたジュリが嘲るような声でそう呼びかけると、人だかりの注目は彼女へと向き、閉じていた人の殻が開いて中のものが露わになる。

そこには、綺麗な女の子がいた。

きめ細やかな輝きを持つ銀髪のウィッグをして、レースをあしらった黒のドレスに赤い裏地のマントを合わせて可憐に着こなした、人形のように完成された小柄な女の子。だけどその真っ赤な瞳の持つ高貴な風格はそれこそ、貴族のヴァンパイアといった外見だった。

みんなが囲むのも納得だ、いきなりこんな綺麗な子が入ってきたら声を掛けたくなるだろう。

「わー!かわいいじゃーん!そのコスプレすっごい似合ってるねー!バンパイアでしょ?似合ってる似合ってるー!」

ジュリはにっこり笑って手をパチパチと叩く。

「でもごめーん……似合い過ぎてて誰だかわかんないや。誰だっけ、キミ」

一転、ぞっとするほど冷たい声が彼女の喉から放たれる。

でも吸血鬼はものともしない。

「同じクラスの、西降永遠にしふりとわ。安心して。わたしもあなたが誰だか知らないから」

「へーそっか。とわちゃん、とわちね。とわちいらっしゃーい」

ジュリの身長は同年代に比べると高い方だ。西降永遠と名乗ったその少女の前に立つと、その身長差は頭一つ分ほどにもなる。後ろから見ているだけではわからないが、少し回り込んで見てみると……やはり、西降さんに影を落とすジュリには物凄い圧力が感じられた。

「アタシ詳しくないけどさー、映画とか小説だとバンパイアって、招かれない家には入れないらしいじゃん?」

「そうね」

「とわちはさー、誰にお招きされて来たのかなあ。招待もされてないのにそんなガチの恰好で来るわけないもんねえ?」

「あなたには他人が全員そんな恥知らずに見えているのかしら。だとしたらさぞ息苦しいことでしょうね」

胸にちくりとくる。傍で聞いているだけのあたしですら心臓が痛くなるような嫌味のぶつけ合い。小柄な吸血鬼は小さなハンドバッグからパールホワイトのケースに入ったスマホを取り出した。

「あなたたちのお姫様はクラスのグループで参加者を募っているわよね。そこにはちゃんとわたしの参加表明もなされているのだけれど」

えっ。

思わず小さく声が出てしまった。まさか、アレを真に受けたの!?

「あー、なるほどね。日頃の感謝を込めてとハロウィンパーティーを~ってやつか。あー。あーっ…………は、ふ、ふふ……」

「………………」

わざとらしく笑いを堪えるジュリを、小さな吸血鬼は切るような眼差しで見つめる。

「く、ふふ、ごめん、ごめん!ごめんって!あっはは!まさかその挨拶を真に受ける子がいると思わなくてさ、あはははははっ!」

「……挨拶、ね」

「いっやそうでしょ!文脈でわかるじゃん!建前上そういう風に言っただけで、こういうのは普段からつるんでる子とか関わりのある子とかが集まるもんなの!ほら画面見てみ?オタク集団とか委員長のいい子ちゃんグループとか来るって言ってないじゃん。ほんとにわからなかったの?あはははっ、ちょっと、ピュアすぎかよ~!」

誘うような調子にさっきまで少女を囲んでいたクラスメイトたちも、糸を引かれた人形のように笑いだす。ゾンビや、ナースや、ミイラやキャラクターが、みな一様に少女を嘲笑う。

「は、はは……」

あたしも笑う。溶け込むように、見つからないように、見つかっても「あたしはジュリの味方したよ」って言い訳できるように、嗤う。

「………………」

あっ。

目が合った。西降さんと。あたしの視線がぶつかった。

ああ、なんか、ごめん。 彼女は小さく丸まる瞳をすぐに逆さの卵のような形に戻してあたしを睨む。ごめん。本当に、心からごめん。

目を逸らすと、隣にいた女の子のコスプレ衣装が目に入る。それは子供の頃見ていた、ヒロインが変身して戦うアニメのものだった。きっとあのアニメの主人公なら「その子は私が呼んだのよ!」なんて勇気いっぱいに言うんだろうな。

ごめんなさい、西降さん。弱いあたしじゃオオカミに変身しても、あなたを助けてあげられないや。なんて…………

「そう。わかったわ」

少し震えた声が鈴のようで。そのか弱さに手を差し伸べられない自分が、本当に嫌に



〈めちゃくちゃにしてやる。〉



彼女の口が、その形を取るのが見えた。





わたしは……何をやっているんだろう……。


いきなりみんなに囲まれてびっくりしたから、どいてほしかっただけなのに。

 「邪魔だから消えてほしいんだけど」

わたしなんかより、本物のお姫様みたいな幸城さんと話した方が楽しいでしょって、言いたかったのに。

 「囲むならわたしなんかよりあの子にしたらどうなの、小人のみなさん」

わたしたち初対面だから、気にしないでって……

 「安心して。わたしもあなたが誰だか知らないから」

わたしは……西降永遠にしふりとわとかいう奴は、いつもこうだ。

本当の気持ちわたしはこいつの中に閉じ込められている。本当は仲良くしたいのに、本当はみんなと話してみたいのに、本音で楽しく話せる友達が欲しいのに。西降永遠はいつも牙を剥いてしまう。

今日だって、本当はわかっていた。「ご都合の付く方はどなたでもいらしてください」なんて、一応書いておかないと嫌味な雰囲気になっちゃうから書いてあるだけの建前だってことくらい。そもそもこのハロウィンパーティーが、委員長グループとのクラス内政争の一環だってことくらい……。

だけど、わたしは。ちょっとの夢を見てしまった。

もしかしたら、仮装をしていつもの自分じゃなくなれば、本音で誰かと話せるかもしれない、とか。

もしかしたら、仮装がきっかけで話した人と友達になれるかもしれない、とか。

もしかしたら、その人は、わたしがいつものわたしに戻っても話しかけてくれるになってくれるかもしれない……とか。


「あはははっ、ちょっと、ピュアすぎかよ~!」


脳が揺れる。視界が歪む。足が、震える。

全く、とんだメルヘン脳だった。頭お花畑。馬鹿にも程度ってものがあるでしょうに。本当にどうかしていた。

大嫌いなお父さんに小遣いをねだったり、大嫌いなお母さんに服を選んでもらったり、今日のために、してきた色々の準備。もうすべてが可笑しくてしかたない。

……どうしてわたしは、いつもこうなんだ。

不意に目が潤んでしまって、久茂さんに悟られないよう視線を逸らす。

「は、はは……」

目が合った。明るい茶髪でセミロングの後ろ髪をウルフカットにしている、狼のコスプレをした女の子。大上芽衣おおかみめいさん。幸城さんのグループのお姉さん的存在。誰にも分け隔てなく優しくて話しやすくて、

わたしを、クラスの連絡用グループに誘ってくれた人。

その大上さんも笑っていた。

……だけど、なんだか。

目を凝らしてよく見てみるとそれは、笑顔じゃなかった。

溺れたように目をぎゅっと瞑って、酸素がないみたいに歪に口を開けて、糸にがんじがらめにされたようなぎこちない強張りが顔を覆って埋めていた。

……馬鹿みたい。

そんな苦しそうにみんなに合わせて、大上さんは何を守ろうとしてるんだろう。周りの空気?友達の面子?それとも自分の立場?

なにそれ。くだらない。馬鹿馬鹿しい。

あなたは違うと思ってたのに。いつも本音を大切にする、心から人に優しくあろうとする、誰も傷つけまいとする人だと思ってたのに。


ああ、もういいや。

めちゃくちゃにしてやる。そんな、馬鹿げた建前。


わたしは西降永遠に刺していた杭を外した。


西降永遠に好きにさせた。

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