第2話 ハロウィンでは言えてた①
会場にはコスプレをしたたくさんのクラスメイトがひしめいていた。
ミイラ男、ゾンビ、血濡れのナース。人気アニメのキャラ、ヒーロー映画のキャラ、よくわからないけど多分アニメ系のキャラ。そしてニッチなネタに走った地味ハロウィンの人たち。見た目はバラバラのみんなだけど、広々としたホールに並べられたたくさんの料理や、部屋の端に整列するメイドの皆さんに同じように色めきだっていた。
狼耳と牙を着け、ワイルドなファーをふんだんにあしらった黒ワンピを着るあたしもそうだ。
「いや、春のお誕生日会で知ってはいたけど……、やっぱ姫子ん
思わず口を零れた言葉を、後ろからやってきた黒髪ウィッグのプリンセスが拾い上げる。
「格、だなんて。メイちゃんはやっぱり面白いことを言ってくれるわね」
ゆったりと優雅な口調、だがその余裕と謙遜は彼女の水色のドレスと同じで、どこか冷たい。
「今日はクラスのみんなを誘ってのハロウィンパーティーだから、ちょっと奮発したセッティングをしたのよ。私にとっても特別の贅沢だわ」
「そ、そだよねー、ははは……」
この国の観光関連業最大手である
〈貧乏人が。この程度の贅沢で金持ち扱いされても困る〉
……下手なことを言ってしまった。
「姫子ー。斎藤さんが名簿を……お、メイ。ばんわー。さっきぶりだね」
「あ、ジュリ。さっきぶりー。そのカッコは……」
姫子の横から現れた彼女はいつもと同じ、ブレザーにプリーツスカートの制服姿だった。学校で見ればまるで珍しくも無いその服装が、腐った死体や縫目のあるナースたちに混ざっていると逆に異様に見えてくる。
「JKのコスプレ」
「いつも通りってこと?」
「みんな仮装してくるならこれもありでしょ。メイメイはそれ……ぷっ、結局オオカミ少女?
「せめて人狼と言って……。てか、あれだけみんなから推されたら着るしかないじゃんかー。」
「まあまあ。そういうジュリちゃんはスパイダーなヒーローの服を推されてたのにねえ」
「嫌に決まってるじゃん、
「えー、辛辣ー」
こういう、それが好きな人に全く遠慮のない言葉を平気で言うのが、ジュリの怖いところの一つ。でも本当に怖いのは、彼女に弱みを見せてしまったあとだ。隙を見せたが最後どんな攻撃を受けるのか、春からこっちずっと見てきた。仮装パーティーだからって気を抜くわけにはいかない。
「あ、姫子それ似合ってるじゃん。白雪姫?」
「大正解!もう、メイちゃんが全く触れてくれないから地味だったかなーて思っちゃったわ」
「あっ!ご、ごめん!あんまりにも様になってたもんで気付かなかったんだよ!あはは……」
しまった、姫子を褒め忘れるなんて、あたしとしたことが……!
「あーで姫子さ、斎藤さんが参加者名簿を確認してほしいって言って探してたけど。あっちのほう」
「まあ、わかったわ。それじゃメイちゃん、ジュリちゃん。またあとで」
「そうだね!!またあとで!!」
「なんでそんな元気な別れ方?」
ああしまった!つい声に力が!
やらかしの挽回をしようとしてさらにやらかしたあたしを振り返ることなく、無慈悲な白雪姫は人ごみの向こうへと消えていった。
やった、しまった、やらかした。やってしまった……。悪口の種になるようなことをすまいと気を引き締めたそばから……!
「ふふ、メイ、しっぽがしゅんってなってるよ」
「へ、あ……そうかな……はは」
「お、シノとこむぎがいる。なんか入り口の前で人だかり作ってるな。アタシあっち見てくるね」
「え、あー、あたしも行く……!」
シノ、こむぎ、どちらもいつもつるんでいる姫子グループの仲間だ。ボロを出したところを見せたジュリを行かせたら、きっと二人に共有されてしまうだろう。あたしのやらかしを、失敗を、悪評を、拡散されてしまう。
それはまずい。一人反省会をしたい気分をぐっとこらえて後を追う。
ジュリは姫子に負けず劣らずの自信に満ちた足取りでホール入り口の方の塊へと向かっていく。来て早々失敗続きでへとへとのあたしとは大違いの、自由そうな歩幅で。人と人を搔き分けるように進んでいく。
はあ、いいな。あたしもそんな風に強くなりたい。失敗せず、間違えず、他人を押しのけて踏みつけて進んでいけるような、強い心の持ち主になりたい。なれたらきっと、もっと生きるのが楽なのに。
はあ。体が重い。ファーが暑い。付け牙の異物感が気持ち悪い。いつもならしないような失敗をするのはきっと、この人狼コスのせいだ。そういう空気になってたから仕方ないとはいえ、こんなことになるならジュリみたいに制服で来ればよかった。いや、確か入場の時に何の仮装か聞かれたな。あたしなんかじゃ堂々と「JKのコスプレです」なんて押し通せなかったか。やっぱりああいう自分に自信のある子が、言いたいこと全部言えちゃう子が世の中作ってくんだよ。
あーあ。なんかもう嫌になってきた。帰りたい。全部やめにして帰りたい。何もかもめちゃくちゃにして、全部なかったことにして帰って、それで、
……それで。
消えるように眠りたいなあ。
「邪魔だから消えてほしいんだけど」
それは、かわいい声だった。
ちょっと幼いようで、でも澄んでいて綺麗な、凛とした声。
いつの間にか下を向いていた顔を上げて、声のした方を向く。
声はなおも人ごみの向こうでとんでもないことを言っていた。
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