今日も言えない私たち

龍田乃々介

第1話 お昼休みに言えない

「二度と話しかけないで」

そう言われてしまった木曜、ハロウィンパーティーの夜から……。

金曜日、西降にしふりさんは学校を休んだ。

土日、クラスのグループ経由で友達申請しようか迷って、断念。

月曜。本日。

西降さんが登校した。


「お、おはよー!」

「………………」

一瞬猫のように驚いた西降さん。すぐにスンと無表情になって、言葉もなく自分の席へ向かった。

あたしも、ギシギシと不協和音のしそうな笑顔のまま自分の席に戻る。

ダメだった。休みを挟んだら許してくれたり……なんて甘い考えだとは思っていたが、こうも易々打ち砕かれるとちょっとつらい。

……今は、フラれたあたしを慰めたり揶揄ったりしてくれる友達も、残念ながらいない。

椅子に腰かけて後ろを振り返り、教室後方の窓際席に座る西降さんを見る。

綺麗な黒髪のボブカット。やや垂れた目じりは人形のような端正な顔立ちの中で一際目を引く。全体的に小柄で、入学から半年は経っているのに制服に着られている感がある。かわいい。

「ハロウィンパーティーの仮装とはずいぶん印象が変わるんだなあ……」

あの時の仮装は彼女の言動と相まってとてつもなく魅力的だった。

正直やっぱり、写真に収めておきたかった。


「なんで、断られたんだろう……」

机に突っ伏し、戯れにスマートフォンをタップする。

今は気まずいみんなと行った京都旅行の、橋の上で撮った写真が待ち受けていた。

みんなには……もう頼れない。



朝の失敗から四つの授業を経て、お昼休みの始まりを知らせる鐘がついに鳴った。

食堂へと急ぐ男子たち、連れ立って日当たりの良い中庭へ向かう女子たち、そして、ボスであるあの子の席へお弁当を持って集まるかつての友達……。

それを横目に見つつ、鞄から薄茶色の袋を取り出す。中身はおにぎり二つとベジタブルサンド、それとりんごジュース。面白みのない昼食。やっぱり手作りのお弁当とかじゃないと、お昼に誘っても盛り上がりに欠けるだろうか。

そう、お昼に誘う。西降さんと一緒にお昼ご飯を食べる。あのハロウィンパーティーの夜と今朝で二度も素っ気ない態度を取られたけど、友達になりたい、っていうあたしの中の気持ちは揺らいでいなかった。

ええと、「西降さん、ご飯一緒に食べない?」いや、これだと「お断りよ」って言われそう。「大事な話があるの」って言ってどっかに誘う?いや、場所のアテがないし告白みたいで恥ずかしい……。

失敗した、授業中になんて言ってお昼に誘うか考えておけばよかった。ぐずぐずしているとお昼が終わってしまう、いやというか、西降さんが教室で食べるとは限らないのでは……!

袋を手に取って振り返る。西降さんの席に、彼女はすでにいない。

「……っあー」

教室を出て見回す。見慣れない小さな背中は人ごみの中から探すには難しすぎる。

落ち着こう。思い返すと、教室で西降さんが食べているのを見た記憶がない。別クラスに友達がいるなら、そっちに行ってる?

四階にある七つの教室すべてを覗いて回ったけど、彼女はいなかった。友達とどこかで食べている?

中庭を見下ろしたけど見当たらない。食堂に行くも空振りに終わった。人通りの少ない一階準備室前の廊下を行ったり来たり歩きながらまた考える。

やっぱり……友達がいないと仮定して。一人でひっそり食べたいとすると……。

「トイレ……は考えたくないなあ……。他の場所……えと、階段の下?校舎裏……?ダメだ、いつもみんなと教室だったからそのへんわかんないや……」

こういうとき、ジュリならスパっといそうな場所を思いついてくれるんだけどな……。っと、ダメだ。すっかりみんなに頼る癖がついてしまってる。切り替えていかないと

「なにしてんの?」

「おわあぁっ!!」

突然後ろから声を掛けられてあられもない声が出てしまった。

振り返って声の主を確認する。噂をすればなんとやら、それは今もっとも話すのが気まずい彼女だった。


「なんか失くしたん?アタシも探すの手伝おっか。てか何探してんの?」

ジュリ。数日前まではクラスで二番目に存在感の大きかったその子……西降さんと、あたしのせいでその地位に泥を塗られた彼女が、自販機で買ったのだろう野菜ジュース片手に立っていた。



「あれ、おかみん……」

ポニーテールの女子が教室に入ってくるあたしを見て、思わずと言った声量で呟く。

「一階の空き教室前を彷徨ってたから拾ってきた」

あたしの背を押しつつドアをくぐるジュリは、なんでもないような調子で言った。

「なんだそれ!メイメイってば大上おおかみなんて名字なのに猫みたいだな!」

ばかに明るい声色でお団子の女子が言う。

「メイちゃん」

はっきりと、優雅で気品のある声で、雪のような白髪の女子は訊く。

「仲直りの準備はできたの?」

「うっ……」

たった数日浴びていなかっただけでも、彼女の二重の言葉は重く感じられた。

このクラスの女王、長い白髪をハーフアップにしているご令嬢……姫子は、いつも裏の意味を感じさせる話し方をする。

たとえば今のは、きっとこんな意味だ。


〈ようやく詫びを入れる気になったの?〉


姫子はまだ、あたしが彼女の主催したハロウィンパーティーでやらかしたことを許していないみたい。

「ちょいちょい。姫子。仲直りってなんよ。アタシたち喧嘩とかしてたっけ?」

「……え?」

そう言うのはあたしの後ろを離れて、手を引くように前へ出るジュリ。

アシンメトリーのショートヘアを揺らして振り返ると、大人びた長身の彼女はなんでもないような軽い調子で言う。

「メイー、アタシたち喧嘩してるように見えてたみたいなんだけど。ウケる。全然仲良しなのにね?」

「え、ええーーっと……」

いや、いやいやいや、嘘だ。あのパーティーで一番酷い目に遭ったのはジュリだ。実行犯は違っても、建前上の責任者はあたしなのに、それを、無かったことにしようとしてる……!?

「おかみん……?」「ん?あれ?」「…………。」

「ね、メーイっ」

姫子たちが入ってくる気配はない。ジュリはウインクまでして意図を伝えようとしてくる。

どうする、信じる?信じて、あの事件をなかったことにする?ジュリに同意して、モトサヤに収まる?そうすれば、金曜にあったような心細さや居心地の悪さや不安とはおさらばしてまたみんなといられる。


けどもしも、なら?


あとで裏で、「あいつアタシにあんなことしといて、どのツラ下げてあんな誘いに乗れたんだろうね?信じらんない。マジないわ」とか言われたら、すごくまずい。今はクラス内序列から外れた微妙な立場にいるけど、一気にど底辺のいじめられゾーンに突入してしまうかもしれない。ジュリはそういうことをする。すごくする。

絶対にやる。

ダメだ。この誘いには乗れない。あの日のこと、無かったことにはできない。

せめてもう一度、心からの謝罪を姫子とジュリにしてからじゃないと……!!


「メイ。アタシたち、親友じゃん。ねえ?」

「うん!あたしたちめっちゃ親友!」


あたしは、なんて心が弱いんだろう。



その後、特に理由はないのだが姫子グループの五人で放課後カラオケに行き、特に理由はないがジュリとたくさんデュエットを歌わされ、特に理由はないがみんなで写真を撮ってSNSに上げて、夜は五人のグループチャットで特に理由のない会話の盛り上がりを成した。

いつの間にか朝が来て、まったく疲れの取れていない体を起こし、制服に着替え、朝食のシリアルを食べ、お昼ご飯を買いにコンビニへ来て。

ああ、そういえば昨日のお昼、まだ鞄の中だな……。

鬱屈とした気持ちでコンビニを出て、そのまま学校に向かった。


「お。おはよーメイ」

「お、おはよー、ジュリ」

教室に入ってすぐ目が合って、奥の席から声を掛けられる。教卓から向かって一番手前の右奥が彼女の席。スマホをいじるスレンダー美女は入り口を向くようにして足を組んで座り、窓辺に背を預けていた。

その周囲にはいつものメンバーはいない。

とりあえず、ジュリの対面になる椅子を拝借して座る。

「シノ、ムギ、姫子は?」

「お花を摘みに」

「あらおしとやか……」

昨日たくさん話したおかげでハロウィン以前のノリを取り戻しつつあった。

このまま、諦めて──ちょっとの息苦しさを我慢して──姫子グループに居続けるのも悪くないのかも。 そんなことを考えた瞬間。


西降とわち何て言ってた?」


とわち、あの日、ハロウィンパーティーの夜にジュリが付けたあだ名だ。突然その名前が出てきた。なかったことにして逃げようとした、その尻尾を掴まれた気分だ。どう答えたらいいかわからない。

「え、……っと?」

「話、したんでしょ?あの日、あのあと。そのために追っかけたんだもんね」

「あ、ああー……」

「謝った?あの子」

「えっ……」

ジュリはスマホを机に伏せて置き、机に片肘を突いて、手の甲に顎を載せる。楽な姿勢で、徹底的に話す構えになる。

しまった。やばい。ジュリは全然許していない。あたしのことも、西降さんのことも……。

ど、どうする?謝ったよって嘘つく?謝ってはいないって答える?いや、ダメだ。どっちも西降さんが危ない。そもそもあたしが追いかけたのはそんな話をするためじゃなかったから、それを言わないと、でもそんなこと言ったら今度こそ……。

「あれを謝らないのはちょっとさあ、人としてどうなのって感じじゃんね。メイも少しくらいそう思ってるとこあんじゃない?」

「あー……その……」

「思ってるでしょ?あれはヤバいよ。メイもそう思ってないと、おかしいよねえ?」

「…………えっと」

ダメだ、頭がこんがらがってきた。整理しないと。

ジュリはあのハロウィンパーティーの夜、西降さんにこっぴどくしてやられた。

あたしはそれを庇う形でパーティーを抜け出した。

その時のあたしは西降さんのことしか考えてなくて、ジュリへの謝罪とか義理とか正直微塵も考えてなかった。

翌日の金曜日、姫子たちはあたしを追放ハブにしたけど、昨日になってジュリが何もなかったことにして許してくれた。

と思ってたのは勘違いで、全然許してなかったジュリは今あたしを問い詰めてる。

朝の教室、人がまばらに入ってきているこの状況で。大胆にも。

あの子は頭がおかしいってレッテル張りをしながら。

……落ち着け。そうか。そういうことなんだ。

よし。もう、言いたいことは決まった。

あとは一つ一つ、いつも以上に慎重に伝えるだけ……!



「メイ。アンタはおかしいと思わないのって訊いてんだけど」

「……まあ、あたしもちょっとそう思うかも」

ジュリが口元を綻ばせる。あたしの答えに満足したのか。

「だよねえー?まさかあんなのがウチのクラスに」


「だ け ど !! そこが良いんだよねっ!!??」


椅子を弾き飛ばすような勢いで立つ。教室を震わす残響で自分がどんな大声を出したかわからされる。……静寂が、クラスみんなで作り上げた静寂が真綿のように喉に詰まる。

それでも、言葉は詰まらせちゃいけない。

「正直、ヘンな子だとは思う。ピュアかよって言いたくなるような世間知らずムーブで、でも少しも悪びれないツンッツンの態度で、ジュリみたいな怖い子と正面からバトる肝っ玉の太さで、なのに、帰ってって言われたら帰っちゃうような素直なとこがあって……。

それで、自分の言いたいことは最初からずっと変えなかった。自分を貫いてた。そういうところは、カッコいいなって思った!」

思えば、今あたしが珍しくジュリの圧力に流されず話せてるのは、それが他ならぬ西降さん……とわちのことだからかもしれない。

ジュリは呆れたような、憎んだような、形容の難しい冷酷な視線であたしを貫いている。朝の教室に集まっているみんなは、揶揄うような、嗤うようなざわめきであたしを取り巻いている。

それでも、言い始めたことはやめない。

慎重に、ちゃんと伝わるように、一つずつ言う。

「あたし、そういうカッコいい人は、良いなって思う。確かに常識的に考えておかしいところもあるけど、そうやって常識にぶつかっていくのは見下すべきことじゃない。褒められるべきことだって、あたしは思う!

……それに、そういう意味でおかしいのって、とわちだけじゃないよ。

ジュリだって、ほら、こう……」

「は?」

「いや……、そっ、そういうとこ!そうやって凄んで人を黙らせようとするところ!普通の女子高生ってそんな圧ないじゃん!怖いよ!女子高生がそんな怖いのっておかしいよ!」

「はぁ……。意味わかんない。そろそろまとめてくんない?」

「……ジュリもカッコいいってこと」

「チッ。わかるように言えない?」

「じゃあちゃんと説明させて」

殺意すら感じさせる鋭い目つき。これを正面から受けるのがこんなに怖いなんて。あのときのとわちがどれだけ凄かったか改めて実感する。

そしてその驚きが、お腹の底で力に変わってくれている気がする。

あたしも、自分の言いたいことを貫き通す!

「ジュリのその怖いところは、常識に照らしたらおかしくて、一緒にいるとちょっと息苦しい原因でもある……。だけど、ジュリが怖いおかげで助かったことだって何回もある。街に遊びに行くときナンパを追い払ってくれるし、駅で不良っぽい人たちが騒いでても眼光だけで黙らせてくれるし……そういう怖い所含めて、頼りがいがあるっていう所がジュリの長所で、カッコいいところじゃん。


……だからさ、あたしはジュリと同じように、とわちもカッコよくて良いなって思う。あの子のピュアなとこ、ツンツンしてるとこ、絶対自分を貫くとこ、そういう人とは違うおかしなところが、あたしは……」


好き。

……なんて、言ったら、こ、告白みたいになっちゃわない……!?


「ちょっと!!あなたたちなにしてるの!!」

言い切れないところに、やたらと大きな声が飛び込んでくる。

「あと五分でホームルームよ!!早く席に着きなさい!!先生にだらしないクラスだって思われちゃうわよ!!」

赤っぽい光沢を帯びた黒髪ハーフツインの少女、委員長の板花夢二いたばなむにちゃんだ。

いつもはその声量とがみがみ口うるさいところときっちりとした真面目さとすぐに先生を頼ろうとする子供っぽさが……苦手な人だけど、今だけは助かった。

いつの間にかいた教室外の見物人は蜘蛛の子を散らすように去っていき、あたしとジュリを遠巻きに囲んでいたクラスメイトはバラバラに席へ就いていく……。

その中には人だかりから見ていた姫子たちも。


そして、とわち……西降さんの姿もあったのだった。



昼休み。鞄から昨日と同じ袋を取り出して、今度はすぐに振り返った。

教室後方窓際の席には、まだ西降さんの姿がある。

チャイムが鳴って起立と礼を経たとは思えないような、窓の向こうの遠い空に想いを馳せる格好をしている。無防備に口が半開きになっているかわいさと、秋晴れの青空を映した青い瞳の綺麗さが両立していて、芸術じみたものを感じてしまう。

彼女が動く気配はない。今日はゆっくりモードみたい。

少しためらう気持ちがあるが、彼女とは反対方向の座席、教室後方の入り口付近を振り返って見る。

いつも姫子のグループで占拠している場所。みんなは今日もそこにいた。

あたしがそこにいないことを、もはや触れてはならない空気。四人はあたしの方を決して見ることなくお弁当の蓋を外し、サンドイッチの包みを開けている。

……あたしもお昼にしよう。

西降さんと、一緒のお昼に。


「にーしふーりさんっ」


なるべく明るく、なんでもない調子で声をかける。

「……何か用かしら。忙しいのだけど」

幼さを残しつつも澄んでいて綺麗な声。繕うことを知らない冷たい言葉。「二度と話しかけないで」と言われたハロウィンの夜を思い出す。

「嫌だったら、別にいいんだけど……」

一緒にお昼を……と、言おうとして。

気づく。

こちらを向いた彼女。

とわちの、あたしを見る、その顔。



めちゃくちゃに赤い。

むすっと少し頬が膨れて、眉もきゅっと吊っていて、目つきもじとりと鋭いのに。

上気して耳の先まで、赤い。

まさか、これは……!



「とと、とゎっ、西降さん熱!?熱あるんじゃない!!??保健室!保健室行こ!?てかあたし連れて行くから!ほら肩貸して、先生呼ぶ?お水飲む!?あ水ない。りんごジュース好き!?!?」

「ちょっと黙ってくれない……?なによりんごジュースって……」



結局、「一緒にお昼食べよ」は、言えなかった……。

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