02「姉貴?たまたま同じ家に生まれた他人みたいなもんだから」
今日はテストの成績発表日。
私は少し憂鬱な気分で、机にもたれていた。
「ちょ、すげー!谷口さんまた学年1位なんだけど!」
「エグいエグい」
ほら来た。
クラスのどちらかと言えばヤンチャな男子たちが、私の机に寄ってくる。
「谷口さーん、俺バカなんで勉強教えてくださーい!!」
コイツら。
毎回声デカいっての。
特にコイツはなんでいつも敬語なの。
「…あははっ、私めっちゃ勉強してるからねぇー」
とりあえず、とっととこの会話を終わらせたくて無難に返す。
そうしている間にも、この期に乗じて関係ない男子達まで私の机に群がってくる。
何時ものことながら、顔や胸辺りに浴びせられる熱を帯びた視線にうんざりする。
そんなに私を近くで見たいか。
別にお前らに注目されたくて勉強してる訳じゃないんだけど。
「ちょっと、男子集まりすぎ!ほらユイ困ってるよー!!」
コイツら早くどっか行かないかなーと思いつつも、しばらく顔に笑みを貼り付けて適当にあしらっていると、教室に戻ってきたマミがようやくフォローに入ってくれる。
「うわ、オカン来たよー」
「女子怖えー!」
こういうとき、私の親友は本当に頼りになる。
小柄で小動物みたいな見た目とは裏腹に、マミは男女問わずハッキリと物を言う性格だ。
その面倒見のいい性格のせいか、クラスでは女子のリーダー的立ち位置になっている。
数少ない、私が信頼できる友人の一人だ。
マミはそのお節介焼きな性格から、クラスのみんなから親しみを込めてオカンと呼ばれていたりする。
そのせいか、マミも実は結構男子からの人気が高いのだが、自分では気付いていない。
そういうとこも含めて、マミは本当に可愛い。
「いやー、まさか数学の田中と五木先生がデキてるとは思わなかったわー!」
「だよねー!五木先生、あんなカワイイのに意外と田中行くんだー、っていう」
昼休憩になると、いつもマミは最新のゴシップを聞かせてくる。
誰と誰がくっついたー、とか大体どうでもいい色恋ネタなんだけど、マミがカワイイからか不思議と聞いてられる。
「あ、そう言えば気になってたんだけどー」
マミが、何やらニヤニヤしながら意味深な顔をしだす。
これでも入学してからの付き合いだ。
マミがこういう表情をするとき、次に何を言うかは分かってる。
「……ユイ、黒川くんにコクられたってマジ!?」
やっぱりね。
「…あー、やっぱマミはもう知ってるかー」
噂が一瞬で広まるこの学校でも、マミはかなり耳ざとい方だ。
正直、いつ聞いてくるのかと思ってた。
「マジでぇー!!黒川くん私の推しだって言ってたよねぇ!?アイツも結局ユイ狙いかよぉー!」
マミは想像以上にショックを受けていた。
サッカー部エースの黒川ユウト。
女子人気が非常に高く、校内でもトップクラスのイケメンだ。
「あはは!めんごめんご!!」
マミのオーバーリアクションが面白くて、思わずオヤジみたいな返しをしてしまった。
許せマミ。
マミも私も黒川とは他クラスで数回話した程度。
何度か遊びに誘われたことはあったが、毎回それっぽい理由をつけて断っていた。
それでも、まさかいきなりコクられるとは思っていなかったんだ。
「うるせーバカヤロー!それで、なんて返したの!?」
「まー、とりあえず待ってほしいって言っといたけどー、うーん………ね?」
その場で彼の面子を潰したくなかったのでハッキリと断りはしなかったが、きっと向こうも察しているだろう。
「なんでー!?他の男子ならまだしも、流石に付き合うでしょ!黒川くんでダメならどんな男ならいいワケェ!?」
またこの子は、答えに困ることを聞く。
本音を言えば、恋愛なんて一切したくない。
恋人なんてホントに欲しくない。
私はこの世にいる男に、誰一人として興味なんてないんだ。
……………ただ一人を除いて。
「そりゃ当然、もっとイケメンでぇーお小遣い百万くらいくれてぇー、………IQ400くらいある人かなぁ♪」
ワザとらしいカワボをかましてボケつつ、思ってもないことを並べてごまかす。
「……テヘッ♪」
ちょっとスベった気がしたので、ギャグ漫画みたくペロリンと舌を出してみた。
「うぜー!!お前がやるとちゃんと様になるのがムカつく!!」
「あはははは!…ちょっ、ごめん!ごめんって!!」
マミが、私に抱きつきワサワサと身体を弄り始める。
「くそーっ、やっぱりこの巨乳かぁ〜!!その顔でこの乳って、ズルすぎだろっコロすぞ!!」
「はははははっ!!……マミほんとごめんってばぁ〜!!」
マミは人生を諦めた私の、数少ない癒やしだ。
大切にしよう。
そう思った。
◆◆◆
私は醜い。
昔から私は、コンプレックスの塊だ。
恐る恐る鏡を覗き込む。
思い出すのは、もうおぼろげになった古い記憶。
私は鏡を見るのが怖い。
いつも変わらずそこに映るキモチワルイ姿を見るのが、怖い。
鏡に映るのは女の子によく似た、しかし、女性とは全く別の何か。
パッと見は、ほとんどフツーの女の子なのに。
しかし、太ももの間にはキモチワルイものがプラプラとぶら下がっている。
この気持ち悪いものは生まれたときから私の体に付いていて、今まで、何度もハサミでちょんぎろうとした。
お父さんお母さんごめんなさいって、心のなかで何度も謝った。
それでも、家族は私に優しかった。
「………私、サイテーだ」
鏡に映ったソレは、まるで腫れ上がったように膨らみ、少し上を向いている。
こんなの誰にも見せられないし、お父さんもお母さんも、コレを見たときは複雑な、
………少し悲しそうな顔をする。
リョウタだけは気にしないって。
気持ち悪くないし、オレはすきだなんて、おかしな事言ってたけど。
私には弟がいる。
リョウタと私は本当に仲良しで、帰りの会が終わると友達のいない私はいつも、リョウタにくっついて遊んでいた。
しかし、最近リョウタと、どう関わっていいか分からなくて少しギクシャクしてしまっている。
最近、いつもリョウタから目が離せない。
リョウタのほっぺとか、おしりとか。
裸や走って汗をかいているところを見ると、いい匂いがして、目が離せなくてどきどきする。
そしてそういうとき、コレも必ず一緒に大きくなるようになった。
この前、リョウタを追いかけて走っているとき。
いつもみたいにリョウタは足が速くてカッコよくて。
その時もコレが大きくなって、ムズムズして。
それをリョウタにバレたくなくて、私は上手く走れなかった。
その時走っていたのがちょうど砂利道で、私は足下にあった大きめの石に気付かず転んでしまった。
リョウタは私が転んだのに気付いて、心配して「大丈夫?」って助けに来てくれた。
その時、転んだ衝撃でコレが押し潰されたからなのか、リョウタが転んだ私を抱きしめてナデナデしてくれたからなのか、わからないけど。
その瞬間ぶるっと身体が震えて、頭にグーッと血が登って、変になった。
「あぁっ…、っ……♡♡♡」って喉から変な声が漏れて、パンツが温かい液体でぐしょぐしょになって、その時はおしっこを漏らしてしまったんだって勘違いした。
後から思えば、これが私の、初めての射精だった。
◆◆◆
全部私のせいだ。
そう思ってしまったから。
いつも目を逸らしてた。
見ないようにしていた現実。
「はぁっ……!はぁっ……!!」
私がリョウタに色々な事を求め過ぎてしまって。
リョウタに私の全てを押し付けてしまって、2人の関係がおかしくなってしまった。
私が、こわしてしまった。
だから私は、リョウタの側にいちゃいけない。
リョウタの人生にとって私は邪魔でしかないんだ。
高校生になってから、リョウタは本当にカッコよくなった。
男らしい身体つきになって、無駄に背の高い私ほどじゃないけど、身長も伸びた。
声も低くてカッコよくなったし。
それでも、顔つきはあの頃の可愛らしいままなのが、とても興奮する。
「すきっ…♡すきぃ……ッ♡♡」
今でも、気を付けていないとリョウタをジッと見つめたり、側で匂いを嗅いでしまいそうになってしまう。
こんなの自分でも最低だと分かってる。
それでも、強すぎる自分の衝動を、この肉欲を、私は抑えることができなかった。
「リョウタっ…♡…っ、いしてるっ…♡」
顔全体をリョウタのシャツに埋めながら、固くなったものを必死に収めようとする。
今日はもう4回目だというのに、まだ収まる気配がない。
きっと私がリョウタから離れて行けば、リョウタは可愛いし優しいし、カッコいいから。
いつかいい彼女ができて、結婚して子供もできて、幸せになる。
だから、もうリョウタとは関わらない。
そう決めたんだ。
私はリョウタの邪魔しかしてない。
だから、もう一切関わらないし、いずれ貴方の側から消えていなくなるから。
「………っ、ぁぁっ…♡♡♡」
せめて、あと少し貴方の側にいる間だけ、最低な私に気付かないでいてほしい。
数時間握りしめていた彼のシャツは、私の汗だか涙だか分からないもので、しっとりと湿っていた。
「いただきまーす」
お母さんと2人で囲む、いつもの食卓。
うちは基本、料理が出来てすぐ食事をするのは私とお母さんだけだ。
リョウタはいつも私が部屋に戻ってしばらく経ってからか、お父さんが帰ってきてから一緒に食べることが多い。
「えー、また成績1位だったの!ほんとに誰に似たのかねぇ〜!」
よくある事なのに、いつも大げさに喜ぶお母さん。
毎度の事で少し照れくさいけど。
クラスの奴らとかはどうでもいいから、私はお母さんやお父さんに喜んでほしいんだ。
それに、本当ならリョウタにも………。
それは欲張り過ぎだって、分かっているけど。
しばらく話していると、お母さんが突然、妙なことを口走る。
「昔からホントに頑張り屋さんだし、ユイの事好きな男の子も多かったから、私はユイの方が先だと思ってたんだけどね〜」
………え?
お母さん、何の話?
思わず、空中で箸が止まる。
「あ、その………、ほんとはリョウタから、お姉ちゃんには言わないでって言われてたんだけどね?」
口の中のおかずが急に味気なくなり、リビングの明かりが少し薄暗くなったように感じた。
「あの子最近、彼女できて張り切ってるみたい!リョウタも大きくなったよねぇ〜」
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