第2話 桜

 桜の散るが如く___。


 私の長男は家を継いで残った長女は寺の息子に嫁いで行った。残ったのは今までの行いとこの桜の樹、一本だけになってしまった。少し悲しいけれど我が一族の伝統は歪みはしない。

「夜桜がきれいね。あなたはきっと私を導いてくれるはずよね。」

その残った一本すらもじきに無くなろうとしていた。


「高層化計画?」

「ええ。ですから、この寺ごと移動します。という意味です。」

「この桜の木は?」

「根っこを掘り起こして保護して…それからクレーンで持ち上げて―」

「…だめです」

「え?」

「反対です。その高層化とやらに。」

「ええ、では一から説明させていただきます。」

「結構です。もうお帰りください」

桜を持ち上げる…?お墓を移動する?そんなことしたら…!この場所だからお寺として存在し続けたのに!例えこの辺の住民全員がいなくなったとしても、この場所にこそ存在し続ける理由がある。桜も同じ。もう来年咲くかもわからないけど、それでもこの土地が私を守ってくれていたの。


 周囲の住居は次々と壊されている。毎日バリバリという音をお経で受け流す。もはやここを訪ねる人も土地の移動を催促する人しかいなくなった。お墓参りに来る人も掃除する人もいなくなった。そして私にはこの土地とお寺しかなくなった。


「分かったわ。今行く」

さて、ひと仕事。

この近くに崖があり、そこの掃除を私が担当している。力仕事を長男に任せて状況把握。

カタカタカタ……。

「そっか…まただわ……。」

この子…身寄りもなくて仕事もあまり上手くいってないようね……かわいそうに。

ザク…ザク…と土を掘る音。

桜がふさわしい。

さっさっ…と土をかける音。

さてそろそろお経を読もうか。

今日は裏庭のお家が壊されているらしい。一段と音が大きく聞こえる。

___。

潮風が強い。そんな中でこんなに大きく立派に育ってくれた桜の木。そろそろ覚悟を決めないといけないようね。


ある日。

__。

ピンポーン

「はーい?」

「今日もきましたで」

「はい。お願いします」

「そろそろあきらめて……え?」

「はい。移動してくれるんでしょう?」

「え?ええんですか」

「はい?そうですよ。」


潮風が強い。

ぜひ、お願い致します。




「ええ。そうなんどす。にっこり笑って「お願い致します」って……ええ。……」






___。

ザクッザクッ…。

「どう?」

「母さん…やっぱり……」

「ここまでかしらね。」

桜ももう今年で終わりでしょう。去年の半分も花開いていない。いつもの潮風だったらとっくに散っていたところだったわ。


「…今までありがとう」

お返しのように優しく吹く春の風に、生き残った花びら達が攫われていった。

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