第12話 再会の町

 町の中にある使われていない狩人小屋。

 ブロック塀で囲まれた町は、監視塔と中央に屋敷がある。

 住民よりも軍人の数が多く、通りを歩けば銃を握る猛獣のマークが、視界に飛び込んでくる。

 赤ずきんは折り畳み式のイスに腰掛けて、右手を眺めた。


『赤ずきん、手はもう大丈夫?』


 体長130センチの若い狼は心配そうに喉を鳴らした。


「平気、もうなんともないよ。ありがとう」


 ポシェットからリンゴを、どうぞ、と差し出す。

 喜んで大きな口を開けたが、何かを思い出したあと、控えめに優しくリンゴを食べる。

 果汁を垂らす。


『ごくん……美味しい、うん』

「狼クン、大丈夫?」

『ちょっと色々考えちゃって、なんだか、落ち着かないや』

「そう、せっかく安全な町にいるんだし、もう少しゆっくりしようか」


 狼は軍人だらけの町を見回す。


『でも息苦しいよ、ここ』

「国家の礎を表してる素晴らしい町だと思うけどね」

『ライアンたちがいた都と全然ちがうもん』

「ライアンさんたちの拠点はね。中央本部に行くとこんな感じだよ」

『うーん』


 狼は唸りつつ、赤ずきんの足元に伏せて、さらに与えられたリンゴをむしゃむしゃと食べる……――。


 


 中央の屋敷では、使用人たちが働いている。

 軍人の料理を作ったり、部屋の掃除をしたりと大忙し。

 3階寝室前で屈強なスキンヘッドの軍人が守衛のように立つ。


「ねぇワイアット、リンゴが食べたいわ」


 ベッドの上で両手を交差して強請るように言う少女がいた。

 長い髪を後ろで編み込んだ薄い赤毛とそばかす、痩せ細った体にワンピース。


 「かしこまりました、エルシー様」


 敬礼に対し、エルシーは不服に口を膨らます。


「ちがうちがう、そんな軍人みたいなの、嫌」

「あぁ軍人、なんですが」

「私とワイアットは年が近いんだから、貴方だけでも友達として接してほしいの、エルシーって呼び捨てにして」

「わ、分かりました、えと、エルシー」


 満足気に頷く。


「よしよし、じゃあ早くリンゴ持ってきて」

「はっ」


 寝室から出ると、スキンヘッドの軍人が揶揄う。


「ワガママお嬢様に気に入られてんな坊主」

「いやぁ、はは」


 ワイアットは苦笑いしつつ応えた。

 調理室に入ると、コックが夕食の準備をしていた。


「すみません、リンゴってありますか?」

「あぁエルシー様のお使いですね。リンゴなら……あっ、申し訳ない、切らしているみたいで」

「じゃあ俺、買ってきます!」


 屋敷を飛び出し、駆け足で食料雑貨店へ。

 扉を押し開けると、鈴が鳴り響く。


「いらっしゃいませ、あぁワイアットさんどうも」

「ども、リンゴをくださ……あれ」


 ワイアットは店内を見回した。

 普段リンゴが積まれている樽が空っぽ。


「すみません、さっき来られたお客様がリンゴをたくさん買われまして」

「そう、なんですか……あぁ」


 肩を落として、沈んだ声を出す。


「エルシー様のお使いですよね。最後に購入したお客さんなら、明日まで町に滞在するって仰ってましたから、分けてもらえると思いますよ」

「よ、よかった、どんなお客さんでした?」

「それがとぉっても美しい方でして、綺麗で穏やかな青い目、ちょっとくすんだ赤いコートにぃ」

「赤いコート!?」


 ワイアットは目を大きくさせて店主の情報に食いつく。


「もっと詳しく教えてください!」

「いやいやこれ以上詳しいことは何も……うーんえーと、何でも屋と仰ってましたかね」


 カウンターに両手を置いて、そのまま額を打ち付けた。

 店主は思わずドン引き。

 真っ赤になった額でワイアットは、


「痛い、ゆ、夢じゃない……探してみます!!」


 激しく鳴り響く鈴の音を残して出て行った。

 ワイアットは町の人々に尋ねながら走りまわる。


「赤いコートの女性? あぁ珍しい狼を連れてたなぁ、まだ狩人小屋にいるんじゃない」

「ありがとうございます!」


 全力疾走で狩人小屋に到着したワイアットは静かに呼吸を整えた。

 ゆっくり、土を踏む。

 小屋に続く道を進んでいく。

 最初に映り込んだのは折り畳みのイス。

 誰も座っていない。

 リュックが置きっぱなしで、開いたポケットからリンゴがはみ出ていた。


「間違いない、彼女の」

『あっ!』


 無邪気な声が聞こえ、振り返る。

 慌てて走り去っていくふさふさの尻尾が小屋の角を曲がっていく。

 急いで追いかけて小屋の裏側に回ると、体長130センチの若い狼がリンゴを銜えて唸っていた。


「君は!」

『ぐるるるぅ……むしゃ』


 太い牙でリンゴをかみ砕き、喉の奥へ流し込む。


『ワイアットがどうしてここに』


 やや不機嫌に狼は呟いた。


「その、任務で、それより君がいるってことは」

『い、いないよ、ボクだけだもん』

「町のみんなが赤ずきんを見てる、彼女もいるはずだ」

『うぅいないもん! あっちいけ!』


 威嚇して吠えられ、ワイアットは戸惑ってしまう。


「大切な相棒に何をしているんですか?」


 冷静な声のあと、後頭部に冷たい筒が触れる。

 ワイアットは、静かに丁寧に、そろり、両手を上げた。


「ひ、久しぶり……ただ任務で、リンゴを探してるだけ」

「どうも。任務でリンゴ探し。ほら狼クン、ここは安全な町でしょ」

『もうっそんなのいいよ、とにかくワイアットを遠ざけて』

「だそうです。ワイアットさん、リンゴを分けますから離れて頂けますか? できないなら、撃ちます」

「わ、分かった、約束する」


 後頭部から冷たい筒が離れていき、ワイアットは何度か頷く。


「ふぅ、ありがとう」


 綻ぶ表情で振り向く。

 穏やかな青い瞳に懐かしさを募らせ、恐れを忘れて近づいた。

 だがすぐに表情を曇らせ、右手を掴む。


「この傷は」


 焦りを隠せず、包み込んだ。


「怪我をしただけですよ、もうほとんど完治してますからご心配なく」

「消毒は? 病院に行ったの? 軍医に頼んで診てもらった方がいい」

「いえ、ご心配なく」


 やれやれ、と肩をすくめた。


『うー……』 

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