第10話 不穏と解放
「僕とフーゴは、親友なんだ」
『うん、リヒャルトと僕は親友だ。何よりも大切な存在だから、本当言いたくなかった』
親友と呼び合う姿に、狼は傾げる。
『ねぇねぇ、君達はどうやって仲良くなったの?』
『群れから逃げた時に、空腹で倒れ、もう助からないって、このまま餓死するんだって思ってたら、リヒャルトがパンをくれたんだ。それからずっと、毎日食べ物をくれて、助けてくれた』
狼は純粋な琥珀を輝かせ、尻尾を大きく振った。
「失礼な話ですが、フーゴさんのような方は他にもいますか?」
『噂だけ。ただ、僕がいた群れは誰も言葉を話せなかったよ。人を憎む感情だけ根強く持ってたけど、僕には憎しみが分からなくて、それで、逃げ出した』
「そうですか」
『赤ずきん、だっけ、君、本当に乗り込む気かい?』
「乗り込むといっても、力づくはさすがに無茶でしょうから、相手の出方次第ですね。フーゴさんたちは危ないので小屋に隠れていてください。私か狼クンが来るまで、窓も覗かないでください」
全身をボロ布で包み隠したフーゴは、不安げに頷いた。
『捕まった軍人は、君の大切な存在?』
「いいえ、全く。正直、どうなろうが興味もありません」
『じゃあ、どうして』
「この子が、助けたいと望んだからです」
尻尾を横に大きく振る純粋な琥珀を見下ろす。
『イーサンはとっても良い人だよ! 危ないなら助けなきゃ』
「というわけです。リヒャルトさんから依頼を受けましたし、きっちり働きますよ」
穏やかに微笑み、狼と一緒に警察署へ向かう美しい背中。
見送るフーゴとリヒャルト。
「フーゴ、きっと大丈夫。落ち着くまで隠れていよう」
『うん、けどリヒャルトのことが一番心配だ、赤ずきんが強くてもどうなるか分からないよ、だから』
心配するフーゴに対し、小さな首を強く振った。
「きっと大丈夫! 終わったら、一緒に町を出ようよ、噂の森にある町で暮らそう!」
『リヒャルト……うん、ありがとう』
大きな体で加減しながら抱きしめる――。
――警察署に戻ってきた赤ずきんは、入り口で紙タバコを吸うギャロンのもとへ。
「あぁ坊やと赤ずきん、どうだ、ヴォルフはいたか?」
「いえ、少し訊きたいことがあったので、ワルフリードさんはどこへ?」
鼻で笑い、惜しみなく答える。
「あいつは女のところだ」
『女?』
「坊や、寡黙な男には沢山の女がいる」
『えぇー分かんない』
「いいさ可愛い坊や。愛人だ、哀れな未亡人、愛する息子のレッスン代を稼ぐためなら体も差し出す……健気な話だろ。まぁ分からなくていい、で、何が訊きたい」
紙タバコを灰に染め、足元に捨てると踏みつぶす。
「この刻印は警察のもので間違いありませんか」
ポシェットから簡易分解された自動拳銃のスライドを取り出した。
刻印された文字と、大鷲の絵に、ギャロンは睨みを強めた。
「あぁ、確かに我々警察の刻印だな。これは、どこにあった?」
「男の子が持っていました。警察に脅された友人を助けるため、慣れない拳銃を私に向けたんです。おそらく、真犯人に与えられたんだと思います」
「そんなふざけた話、信じられるか!!」
訝し気に、顔を赤くさせながらホルスターに手を添える。
が、既に45口径のダブルアクションリボルバーがギャロンの眉間に向けられていた。
「狼クン」
『分かった!』
ホルスターごと鋭い牙で噛み千切り、容赦なく自動拳銃を粉砕。
破片やネジ、弾薬が地面に散らばった。
「んがっな、なんだ、お前らあの軍人どもの共犯者か!?」
「やっぱりギャロンさんは犯人じゃなさそうですね。狼クン、依頼主のところに戻って様子を見てきて」
『分かった!』
素直な明るい返事をして、奥へと駆け出していく。
「あり得ない、警察は、腐っちゃいない!」
「リヒャルトさんをご存知ですか?」
リヒャルト、と聞いた途端、ギャロンの顔色から赤さがすっと消え、今度はどんどん曇っていく。
「相棒が、あいつがそんなこと、するはずがない。どうせ母を取られた逆恨みで滅茶苦茶なことを言ったんだ、お前、子どもの話を信じるのか」
「依頼されたので」
「ぐぐ、だがあいつは現場で黙ってりゃ良かったに、口を挟んできたんだぞ」
「焦って見捨てたかもしれませんね。でもそんなこと、私は探偵じゃありませんのでどうだっていいんです」
「ぐ、ぐぅ……あいつは、警察を立ち上げる前からの相棒だったのに」
悲しみと迷いのある言葉を吐きながら、よろめいてしまう。
「おや、随分と素直に受け止めますね。心当たりでも?」
「あいつにも、色々ある。だがお前らには関係ないことだ……クソっ、あの軍人を釈放してやる」
署内通路の奥にある留置所まで向かうと、テーブルで足を組んだ看守と目が合う。
ギャロンに挨拶と手を軽く挙げる。
「釈放だ。あの軍人を出してやってくれ」
「はぁ、正気か?」
「正気でこんなことしてたまるかっ、さっさと出してやれ、俺はこれから大事な話がある」
荒くれた歩き方をする看守は鍵を握って渋々牢の前へ。
鍵を開ける姿に、筋肉質で背が高い青年イーサンは希望を見出す。
「おいおいおいマジで、マジでやってくれたのか、赤ずきん!」
自由を得た喜びに綻び、赤ずきんにハグをしようとしたが、寸前で思い留まる。
「おっとワイアットに恨まれちゃ面倒だ。けど、マジでホントにありがとう。アーサーのことは、聞いたか?」
「はい、ご遺体も見ました。綺麗な顔でしたよ」
「そっか……そっか、なんでこんなことになっちまったんだ、くそ」
「どうして、この町に?」
「調査隊員に頼まれて来た、ここに言葉を話す人食い狼がいるって情報でな。人手不足で、駆除班の俺らまで駆り出された。はぁ……最悪だ」
深い落ち込みを見せるイーサン。
「ほら、さっさと出てけ。都行きの馬車を手配してある、軍人め、二度と町に踏み込むな」
看守に悪態をつかれながら、外へ出た。
「さぁどうぞ自由になりました。アーサーさんのことは、非常に残念ですが、警察の方がちゃんと故郷まで帰すそうです」
「あぁ……ライアン隊長や仲間に報告するのは辛いが、俺達は生きなきゃな。赤ずきん、必ず相棒と一緒に帰ってこいよ」
「えぇ、ありがとうございます」
「もう都はお前らの帰る場所だ。そういやワイアットも、人手不足でさ、別任務に駆り出されてる。どこかで会えるかもな、会ったら、キスぐらいしてやれよ」
「面白くない冗談ですね」
淡々とした返しに、いつも通りさを感じ、肩をすくめる。
落ち着かない、出ていけと言いたげなギャロンの目線に気がつく。
「軍はお前らが思うほど圧政なんか強いちゃいないし、マッケナ総帥は傲慢じゃない。憎むのは勝手だけど、俺達は今を生きてる、これから解決すべき問題の為に動いてんだ。本拠地の都にいる兵士の大半も内戦の犠牲者、過ちを繰り返さないために志望した奴らだってことを忘れるなよ」
「若造が……お前らに分かってたまるか!」
「アーサーはぶっきらぼうだけど、人のために正義を貫く良い奴だったんだ……赤ずきん、またな」
馬車に乗り込み、イーサンは町から出ていった。
休む間もなく、町の奥で響き渡った破裂音が、さらなる騒ぎを引き起こす――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。