第9話 真実

『フーゴ……僕はフーゴ、人食い狼じゃない』


 喉を震わし、大きな口で細く訴えた。

 ボロ布を怯えた手で捲り、黒い体毛に包まれた二足歩行の狼が露わとなる。

 突き出た鼻と大きな口、琥珀の瞳孔は柔らかく垂れ目。


「大丈夫ですよ、フーゴさん。私たちも手荒なことはしたくありませんし、あくまで友人の無実を晴らしたいだけです」

『彼は、捕まったの?』

「町の牢屋にいるみたいです」

『ごめん、彼らには悪いことをした。さっき説明した通り、僕を人食い狼扱いして、殺そうとしてきたんだ。僕は僕なのに、だから怒りにまかせて、僕は…………』


 ボロ布をしわくちゃになるほど握りしめた。

 グローブの指先は縫い目がほつれかけ、黒い毛と爪が隙間からはみ出す。

 ブーツもぴっちりで、今にも紐がはち切れるほど窮屈。

 穏やかな碧眼で観察したあと、静かに訊ねる。


「本当の犯人はフーゴさんではないですよね」


 目を丸くさせたフーゴは、戸惑いへ移ろい、尖った耳をぴくりと動かす。

 不思議に思いつつ、申し訳なく返す。


『あの、僕の声、聞き取りにくいの、かな』

「ちゃんと伝わっています。素人で、感情的になってる方が正確に相手の頭を撃ち抜くなんて、状況を考えると到底信じられません」

『で、でも、本当に僕が犯人なんだ! この手で、やったんだ!!』


 焦燥感溢れる強い言葉で吠えた。

 赤ずきんは、軽く唸ったあと、頷く。


「そう、ですか、うーん、じゃあ警察まで一緒に来てください」

『でも捕まりたくない……本当なら、あのまま軍人が逮捕されるはずだったのに』

「それは運が悪かった、としか言えません。私はどうだっていいんです、依頼されたわけでもありませんし、どっちの味方もしませんが、ただ真実を話して頂けると動きやすいですかね」


 と、優しく諭す。


『……ぼ、僕は、どうなるんだろう』

「警察の法は知りませんが、軍法なら銃殺刑ですね」

『嫌だ、嫌だ、嫌だ!!』


 首を大きく振って嫌がる。

 リボルバーに手を添えて眺めていると、小屋の扉をカリカリと引っ掻く音が聞こえた。


『赤ずきん、さっきの子が来たよ! 赤ずきんに用事があるって』


 外で見張りしていた狼の声。

 扉をゆっくり開ける。

 隙間をあけて覗くと、狼の純粋な琥珀が見えた。

 もう少し開ける。

 ハンチング帽にサスペンダー姿の少年がいた。


「どうされましたか」


 不安に支配された表情で、


「あの、何でも屋なんだよね」


 訊ねた。


「そうですよ」

『リヒャルト、来ちゃだめだ! 家にいないと危ない』

「ごめん、フーゴのことが一番心配だから……お願い、フーゴを助けて」

「依頼でしたら、報酬をいただけますか? できれば食料、医療品、弾薬が嬉しいですね」


 リヒャルトと呼ばれた少年は、ポケットから綺麗な金のドッグタグを取り出した。

 ネームに刻まれた名前と年月日と番号。

 

「父さんの純金タグがある、内戦で亡くなった時に、送ってきた。これでもいい?」

「これはこれは、でもいいんですか?」

「父さんのこと思い出すから、母さん嫌がって倉庫にしまい込んでたやつだし、いい。僕もいらない」

『リヒャルト、やめてくれ!』

「お願い! フーゴはね、警察の人におどされてたんだ! 本当に撃ったのは警察の人、僕とフーゴが見た!」

『ウソだよ、ウソをついてる……僕がやったんだ!』

「協力しないと、僕を殺すって!!」


 慌ただしくなる室内で、赤ずきんは、「ふぅ」と息を吐く。

 穏やかな微笑みを浮かべ、狼を撫でた。


「さて、依頼も受けたことですし、警察に乗り込みますか、狼クン」

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