第8話 正体

『ニオイが奥まで続いてる!』


 得意げに呼んで、奥の住民が暮らす地区に入っていく。

 四足歩行の狼を珍しそうに窓から眺める人々を横目にどんどん奥へ。


「おや」


 45口径のダブルアクションリボルバーを構えた。

 黒い毛が風に舞い上がり、頬を通り過ぎていく。

 ハンチング帽にチェックシャツとサスペンダー。

 ガチガチと感情に揺さぶられる小さい手には、重すぎる自動拳銃。


『君はだぁれ?』

「狼クン、ゆっくり下がって」


 言われた通り、後ろにゆっくり下がって、赤ずきんの背後に立つ。

 不安に支配された大きな目と睨み合った。


「はぁ、はぁ……う、うつ。これ以上は、きちゃダメなんだ」

「なるほど、分かりました。真犯人を匿っているわけですか」


 穏やかに真っ直ぐ突きつけた言葉に、喉が怯んだ。


「よ、よそ者が入ってきちゃダメなんだ、秘密基地だから、正義の秘密組織!」

「と言われましても、友人の無実を晴らさないといけないので、すみません」


 グリップとスライドの間をジッと見つめた赤ずきんは、一歩踏み込んだ。

 ホルスターに銃を収め、容赦なく、早足で。


「あっ! え、この、このっ!」


 トリガーを押さえようにも硬い抵抗が起きた。

 軽く手首を捻ると銃口を上に逸らして奪い取る。

 滑らかな動きでマガジンを外し、スライドを引いて傾け、薬室から弾薬を落とした。

 スライドもスプリングも外し、拳銃は簡易的な分解状態となり、地面に散らばる。


「うぁ……え」


 ものの1秒で起きた出来事に、瞼が追いつかない。

 尻から転び、後ずさる。


「安全装置の知識も知らない子に、持たせるなんて、一体どんな……狡猾な狼さんなんでしょう」


 穏やかな微笑みが、少年には悪魔に見えて、歯が震え鳴る。

 不安はやがて恐怖に支配され、首を小刻みに振った。


「だ、だめなんだ、近づいちゃ……」

「軍人じゃないですよ、ただの何でも屋なんです」

『ボクもだよ! イーサンは大切な友達だから助けたいんだ』

「そ、それなら、僕だって……僕だって、同じなのに、こんな」


 空っぽの手の平を握りしめ、蹲る。


『大丈夫? どうしたの?』

「ところで、アナタはこの銃をどこで手に入れたんですか?」


 分解したスライド部分を拾い、覗くと組織名と大鷲の刻印が。


「そ、それは、い、言えない!」

「まぁ刻印が証拠、ですか。とはいえ、友人が釈放されるのならどっちでもいいことです。友達のところに案内して頂けますか?」


 簡易分解した拳銃を拾い、ポシェットへ。


『赤ずきん、泥棒だよ』

「やだなぁ、拾っただけ」

「う、う、ぅああああぁああ!」


 住宅街の路地へと姿を消してしまう。


「意地でも言いたくないみたいだね」

『もうちょっと優しくすべきだよ赤ずきん。力じゃ何も支配できないんだよ』

「おや、素晴らしきマッケナ総帥にケンカを売ってる?」

『そういう茶化すところも良くない。他人はどうだっていいんでしょ、ねぇ、何がかいてあるの?』


 刻印に興味を持ち、尻尾を横に振って見上げる。


「警察組織の刻印と、大鷲の絵」

『えぇ、つまりギャロン達がやったってこと?』

「多分ね。とはいえギャロンさんは何も知らなさそう。これ以上は、さっきの子の友人に訊くしかないね」


 少年が立ち塞がっていた通路の最奥、行き止まりになるまで進んだ。

 他の建物とは分厚い塀で区切られた壁際に寂れた小屋があった。

 風も当たらない、小屋だけが置いて行かれた時間の隅。


『ここ! ニオイが強いよ』

「使われなくなった狩人小屋かな」


 リボルバーを再び抜き、警戒しながら小屋に音を減らして近づいていく。

 錆びた半開き扉の隙間に銃口を入れる。

 ゆっくりと開き、扉が軋んだ。

 赤ずきんの耳横から聞こえた空気が振れる音に、琥珀の両眼は遅れて気付く。


『あかっ』


 銃身を掌で上に払い除け、爆裂音と爆風が鳴る。

 ボルトアクションライフルを抱えた何者かが、後ろによろめいた。

 ボロ布とブーツ、グローブで全身を隠しているが、サイズの合わない物で、縫い目がはちきれ、鋭い爪や黒い毛が微かにはみ出ている。

 小屋の壁に銃口で追いやり、相手の顎裏に突きつけた赤ずきん。


「手荒い歓迎ですね」

『は、はぁ、はぁあぁ、がぁ』

『……び、びっくりした……』


 銃声と危機的状況に心臓をバクバクさせた狼は、赤ずきんの足元に擦り寄る。

 布の奥で、大きな口と突き出た鼻、鋭く太い牙、漏れる獣の吐息。


「アナタが言葉を話すヴォルフですか」

『僕の名前は、フーゴ』


 流暢に名乗った。


「ではフーゴさん、さっきいた友人に銃を与えたんですか?」

『そうだよ。僕が、僕が渡した……』

「そうですか。で、軍人を撃ったのはフーゴさん?」

『仕方なかったんだ、だって、僕を見て、人食いだって叫んで、殺そうとしてきた、だから、寝ていた奴の銃で』

「なるほど。ですが、素人同然、銃の扱いもなっていないのに、暴れる相手の頭をよく狙えましたね」


 フーゴは呼吸を詰まらせる。


『ま、マネして撃てば、誰だって』

「銃は玩具じゃないんですよ、フーゴさん」


 さらに力を加えて銃口を裏顎に押し付けた。


『うぅ……』

「さて、話を聞かせてもらえませんか? 場合によってはアナタの友人まで撃たなければなりません。素直に応じた方が身のためですよ」


 落としたライフル銃を銜え、狼は容赦なく鋭い牙と強靭な顎で噛み砕いた。


『わ、分かった』


 フーゴに抵抗する術はなく、寂れた小屋で話をすることになった。

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