第7話 疑わしい人物

 少しばかりの小さな畑と、お店、警察署がある町。

 奥に住民が暮らす家々が集まっている。


「さてさて、証拠といわれてもねぇ」

『イーサンとアーサーを助けなきゃっ』

「うーん……狼クン、とりあえずアーサーに会おう」


 純粋な琥珀に微笑み、馬車が横づけされた警察署に向かう。

 入り口の壁には警察官の募集と、軍のシンボルマークである大鷲が描かれた旗とバッジを踏みつけるポスターが貼られている。


「おぉ、来たか」


 警察官のギャロンが待っていた。

 傍には相棒のワルフリードが黙って手帳を眺める。 

 紙煙草をひと吸い、半分以上灰に染めたあと、摘まんで地面に捨てた。


「アーサーさんにお会いしても?」

「保管所にいる、こっちだ」


 顎で招き、ギャロンたちが先頭を進む。

 地下に向かうと、微かに漂う血の臭い。


『う、血の臭いがするよ』

「そうだね」


 薄暗く、ひんやりとした感触に包まれ、体が萎縮していく。

 台の上に大きく横たわった布袋がある。


「ここだ、まだ1日も経ってないからな、酷くはない」


 ファスナーを下ろす。

 瞼を閉ざし、前頭部真ん中に穴が開いたアーサーの亡骸が入っていた。

 血は拭き取られ、汚れは見当たらない。


「随分、綺麗ですね」

「どんな奴だろうと死体は丁重に扱うさ、俺はここで見張ってる。調べたいことがあれば自由に見りゃいい」

「はい、ありがとうございます。さて、狼クン、これで分かったかな……アーサーさんは亡くなったんだよ、君のお母さんと同じ天国に逝ったってこと」


 優しい口調に、ふさふさの尻尾は股に挟み、悲しく喉を鳴らす。


『…………赤ずきんは、死ぬの?』

「旅をしていれば、いずれは死ぬかもね、私も君も」

『死なないで』


 切望した言葉に、ぴくりと止まる。

 琥珀の両眼がジッと赤ずきんを捉えた。


「狼クンが望むなら、善処するよ」

『約束してくれなきゃヤダ』

「約束する……さぁ、容疑を晴らさないとね」


 アーサーの遺体に向かって小さく胸元で祈りを捧げ、全身を覗く。

 熊のような体格で筋肉と脂肪が均等についている。


「随分、正確に撃ち抜かれたんですね」

「軍人なら酔っぱらっていても、撃てるだろ」

「酒に酔い、そのうえケンカした、なのに外傷なし」

『いつも仲良しだもん、ケンカしてるとこ見たことないよ』

「そうだね……次は事件が起きた場所に行こう」



 警察署を出たあと、酒場の裏側へ。

 ギャロンとワルフリードも同行。

 土に飛び散り、染み込んだ赤黒い液体は、酒場の壁にも飛沫となって遺る。


「ここが、犯行現場。銃声を聞いて駆け付けた住民によると、既に被害者は壁にもたれ座り込んだ状態で死に、容疑者イーサンは銃を握りしめて眠っていた」

「はぁ、眠っていたんですか」


 ニオイを嗅ぐ狼は、不思議そうに目を丸くさせた。


『ねぇ赤ずきん、獣のニオイが残ってるよ』

「ここに?」

『うん!』


 辺りを見回すが、平原が多く、森は遠く離れた場所に見える。


「ほぉ、鼻が利くな」

「人食い狼、もといヴォルフでしたか……もし喋るのでしたら、人間と同じ知性と意思があると考えたほうがいいでしょう。実際、君は賢いからね」


 狼は尻尾を横に大きく振る。


「だったらなんだ、ヴォルフが偽装工作までして軍人を撃ったのか? 馬鹿馬鹿しい、なんのために」

「調査部隊の情報ですと、人と取引しているんですよね?」

「あくまで噂だ……だが、坊やの嗅覚だけじゃ証拠にならない。動機も不明だ、誰もヴォルフを目撃してないぞ」


 納得いかない目つきで、赤ずきんを睨む。


「とはいえ、不自然ですし、何より私と狼クンは2人のことをギャロンさん達より知っています。犯人と決めつけるには急すぎかも」

「ぐ……」

「あぁーギャロン、彼女たちの意見も一理ある」


 ずっと黙っていたワルフリードは渋い声でようやく発した。


「すぐに釈放できないが、他にいるなら疑うべき、だろう」

「ワルフリード、お前はどっちの味方なんだ!」

「ギャロン、聞け。俺達警察は、圧政を敷く軍とは違う、もっと公平で慎重であるべきだ」


 諫める言葉にギャロンは腕を組んで、しばらく唸る。


『ねぇねぇニオイが消えちゃう前に追いかけようよ赤ずきん』


 コートの裾を甘噛みして引っ張る狼。


「ふん……いいだろう、探してみろ」

「分かりました。それでは、失礼します」


 背中を見送る暇もなく、落ち着かないギャロンは紙タバコを銜えた。

 すかさずライターを差し出すワルフリード。

 じわりと紙タバコに火がつき、深く吸い込んだ。


「ギャロン、すまない」

「ふぅ、いや、いい。お前はいつも俺に的確なアドバイスと信念を思い出させてくれる。助かった」

「いや、気にするな……」

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