第5話 誘拐
街道から逸れた平地にワンポールテント一式を置く。
ミニテーブルには赤ワインと、硬貨が数枚。
馬車で通りがかった男が2人、無人のテントを指す。
「おい、あんなところでキャンプしてやがる、しかも金と酒が落ちてる」
「誰もいないのか?」
フランネルシャツにジーパン姿で、無精髭、狡猾な目つきをしている。
馬車から降りて、テント周辺を見回す。
「こりゃ有難い、ワインもあるし、つまみも買える」
ボトルと硬貨を拾った。
『こんにちは!』
明るい無邪気な挨拶が飛んできた。
「いっ!?」
どこにもいない。
「な、なんだよ、誰もいないよな?」
「あ、あぁ、テントの中は無人だった」
『こっちこっち』
体長130センチの若い狼は尻尾を横に振って背後から呼んだ。
「うわぁっ!!」
「狼?!」
同時に銃口を向ける。
『銃口は無抵抗の相手に向けちゃだめなんだよ、赤ずきんが言ってたよ』
「しゃ、しゃべってる、なんだよこいつ」
「わ、分からねぇけど……売ったら金になるんじゃないか、サーカスとかに売ったらしばらく遊べるぞ」
『赤ずきんが町で買い物してる間お留守番してるんだけど暇なんだ、一緒にお喋りしようよ。どこから来たの?』
純粋に染まった琥珀をキラキラと輝かせて、足元を動き回る。
「遠い遠い町から来たんだよ、内戦でもう跡形もないけどな。なぁ、面白いもんを持ってきてるから、こっちにおいで」
『面白いもの? なになに?』
「こっちこっち」
馬車へ誘導されていく。
数十分後……。
「お待たせ狼クン、珍しいのが買えたよ、ってあれ」
箱を抱えて町から戻ってきた赤ずきんは、空っぽのテントに目が点になる。
ワインも硬貨もなく、少々テント内が荒らされていた。
赤ずきんは肩をすくめ、
「やれやれ……」
箱を置き、ボルトアクションライフルに持ち替える。
ボルトハンドルを引いて薬室に銃弾を確認。
初弾を送り込んで、ボルトハンドルを倒す。
トリガーガードに指をかけて、銃口は斜め下に向けた。
さて、と呟いた赤ずきんは真っ赤に熟したリンゴを斜めかけのポーチに入れて捜索を開始。
緩やかな坂道が続く街道沿い、先ほど買い物に出かけた町が見える。
もう一度町に向かって進んだ。
穏やかな碧眼で辺りを見回す。
馬車が街道を走っている。射程圏内。
フランネルシャツにジーパンの男が手綱を握り、呑気に馬を走らせる。
荷台の後ろで腰掛ける男も同じ格好で、ボトルを傾け中身を飲む。
ライフル銃を構え、標準器越しに標的を覗き込む。
指はまだトリガーガードにかけたまま。
ボトルが口から離れた瞬間、荒々しく破片と化した。
破片が皮膚に突き刺さり、
「うがぁあわざああ!?」
状況が呑み込めず、痛みに暴れて落下、街道を転がっていく。
「どっからだ!?」
手綱を強く握り、馬を急かそうと鞭を打つ。
ボルトを引いて排莢、再び銃弾を押し込んで、ボルトを倒す。
今度は木の車輪に向かって撃ち込んだ
見事に車輪と荷台の接続部に直撃し、荷台が傾く。
馬はロープが千切れた拍子に遠くへ逃げ出していった。
「うあぁああぁおぉうああ!!」
男は悲鳴を上げながら外へ放り出され、地面に打ち付けられる。
傾いた荷台の中から金属が外れる、鈍い音が聞こえた。
『うわーん!』
悲しい声色で鳴きながら飛び出したのは、狼だった。
赤ずきんのもとへ急ぐ。
涙目になって駆け寄ってきた狼に、安堵した微笑みのあと、すぐにムッと口角を下げた。
「留守番をサボった挙句、誘拐されるだなんて、リンゴはお預け」
『そんなぁ! だって、だって、あの人たち、面白いものがあるっていうから』
「面白い物、良い物は大体怪しいの、何事も疑うことが成長の一歩だよ。そして、頼まれたことをちゃんとこなすこともね、何でも屋は君と私でやってるんだから」
狼は尻尾を内側に丸めて、クンクン鳴らしながら、
『……ごめんなさい』
素直に謝る。
「よしよし、君が無事で本当に良かった」
リンゴを狼に与える。
尻尾を大きく横に振って、リンゴを銜えると容易く噛み潰し、果汁も逃すまいと愛しく食べた。
「くそ、くそっ!」
外に放り出された男は、這いずり起き、赤ずきんに銃口を向ける。
破裂音が響いた。
「いっ!?」
グリップが押しのけられる衝撃と痺れが伝わり、男の手は空っぽになる。
「な、な、ぁ」
45口径のダブルアクションリボルバーを発砲したのは、赤ずきん。
部品が弾け、塗装も剥げた銃を呆然と眺めた男は、ゆっくり目線を前に戻す。すると、目の前には唸っている狼がいた。
「うぅあ!?」
『よくもボクを騙したね! この、この!』
前脚で何度も男の顔面をバシバシ叩く。
「いて、いてぇって、悪かった、悪かったからやめてくれぇ!!」
「だってさ、狼クン。あの、無用な殺害はしませんけど、次また同じことをするなら、容赦なく撃ちますよ」
「あぁ、しない、もうしない! ありがとう、ありがとう! すみませんでしたぁあぁ!!」
顔中を血だらけにした相方を引っ張り、よろよろと逃げていった――。
その晩、木の枝が燃えている焚火台を眺めながら、イスに座る赤ずきんはテーブルに新しいミニボトルの赤ワインを置き、魚を串焼きにして食べている。
『お魚、売ってたの?』
「うん、養殖だって」
『ようしょく?』
「人工的に育てたもの」
『ふーん、それって美味しいの?』
「そうだね……10点満点中7点かな、まぁまぁ」
『満点のお魚は?』
問いに対して、懐かし気に目を細めた。
「おじいちゃんが釣ってくれた魚」
『おじいちゃん?』
「うん、おじいちゃん」
串焼きの魚にかじりつく。
狼は不思議そうに傾げ、味付けされていない焼き魚に噛みついた。
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