第4話 人喰い狼について
『人食い狼について調べたことをまとめる。
とうの昔に絶滅したとされる狼(これをパックと呼称する)、代わって現れた二足歩行の狼(これをヴォルフと呼称する)は増加傾向にあり、国が総力をあげて駆除しているが、30年以上経過した今も状況は変わらない。ヴォルフは基本森の中で群れて行動し、肉食で人間以外の動物も食べている。家族愛が強く、パックや我々となんら変わらないこともある。ただ、最近では我々と同じ言葉を話すヴォルフもいるという噂を聞いた。その真意を調べるた』
声を落とした吐息。
『ねぇねぇどんなことが書いてあるの?』
赤ずきんは頷き、小声で返す。
「人食い狼について、ページが途中で血まみれになっていて全部読めないね」
『持ち主は?』
赤ずきんは小屋のベッドに目をやる。
血まみれのベッドで眠る、お腹を丸く膨らませた人食い狼。
大きな口を真っ赤に濡らし、剥き出しの牙も赤黒く塗りたくられている。
「お腹の中、かな」
45口径のダブルアクションリボルバーを人食い狼の心臓に向けた。
甲高い破裂音と共に、森が騒いだ。
衝撃で跳ね、すぐにだらん、と垂れる。
シーツに新たな鮮血が飛び散り、大きな口から、鼻から、耳から血が漏れていく。
「さて、町に戻って依頼人に伝えないとね」
『どんな人だったの?』
「軍の調査部隊隊員」
『なにそれ』
「何故彼らが生まれたのか、その謎を解明できれば駆除の効率も上がるだろうってことで組織されたんだって」
茂みが激しく擦れる。
ボルトアクションライフルに持ち替え、窓側の壁に隠れて様子を窺う。
荒々しい息遣いが小屋の中にまで届く。
「多分5頭」
窓ガラスをグリップで割り壊し、四隅の破片も全て取り払う。
飛び越えた狼は、赤ずきんの視野を動きまわった。
ニオイを感じ取った人食い狼が3頭、飛び出す。
鋭く太い牙で喰らおうと襲い掛かってくるが、狼は軽快に躱して小屋に向かって駆け出した。
『うげ、やっぱり気持ち悪い!』
照準器越しに狙いを定め、人食い狼に向かって発砲。
小屋が軋む爆圧と爆裂音が森に響き、野鳥が一斉に羽ばたいた。
心臓部を貫く。
ボルトハンドルを起こして引き、排莢、再び前へ押して装填。
もう1発、さらに1発、無駄のない動きで確実に仕留める。
3頭の心臓に命中し、血を吐き倒れた。
『うぅ、まだ臭いするよ』
「そうだね。でも出てこない、驚いて全員飛び出してくると思ったんだけど」
リボルバーに持ち替えて森の中を警戒して進む。
『ニオイ、こっち!』
狼が先頭を歩き、草むらを掻き分けていく。
「……」
草むらの向こうに土を深く掘った穴が見えた。
穴の前で親狼が倒れている。
片足に半円の鉄製が挟まり、起き上がれず襲い掛かってくる様子もない。
「ふぅ、なるほど、子どもがいたんだね」
穴の中にはまだ目の開かない赤ん坊の人食い狼が寄り添い震えている。
『じゃあそっとしておいた方がいいよね? あの罠、どうにか助けられないの?』
「…………」
銃口を向け、穏やかな瞳に赤ん坊を映す。
『赤ずきん?』
「そう、だね。助けたいけど、罠を外した瞬間襲い掛かってくるかもしれない。少し離れてから」
倒れていたはずの人食い狼は、突如上体を起こした。
大きな口を開けて、リボルバーごと右手に食らいつく。
『赤ずきん!!』
咄嗟に大きな牙を剥き出し、地面を蹴って飛びかかった。
首根っこに、太く鋭い牙を沈める。
痛みに呻いた人食い狼は口を離し、甲高い鳴き声を上げた。
解放された右手から血がドクドクと流れ出ているというのに冷静かつ穏やかな瞳でその様を眺めた。
目の前で、本能のまま獲物を仕留める若い狼の姿も映す。
痙攣して行動不能な人食い狼の目は虚ろに、尻尾も動かなくなった。
『グゥ……グルゥゥ!』
「狼クン、もう死んだよ」
『っ?! 赤ずきん、大丈夫?』
「なんとかね」
純粋な琥珀の両眼に戻った狼に微笑み、赤ずきんは土にいる赤ん坊を見下ろす。
「……狼クン、先に戻ってて」
斜めかけのポシェットから応急道具を取り出し、布で血を拭き取った後に消毒液をかける。
それからガーゼを当て、包帯を巻く。
『ボク、へんなこと言った?』
寂しそうにクンクン鳴きながら訊ねる。
「まさか、ちょっと油断しただけ。狼クンのおかげで助かったんだよ、ありがとう」
左手で優しく狼の頭を撫でた。
それから、
「だから、先に戻ってて」
優しく零す――。
――その晩、街道から逸れた平地にワンポールテントを立て、いつものように折り畳み式のイスとテーブルを置く。
イスに腰掛けて、ミニボトルの赤ワインと干し肉を夕食に休む赤ずきん。
隣で伏せている狼は、真っ赤なリンゴを黙って眺める。
『ねぇ、あの赤ちゃんはどうなるの?』
綺麗に汚れを拭き取ったリボルバーを見つめ、赤ずきんは答えた。
「あのまま餓死するかもね、それか生き残りの群れが助けるかも」
『ボクが、ボクのせいで』
「君のせいじゃない、どのみちああなってたと思う。どれだけあがいてもさ、なるようになる、だよ」
『どういう意味?』
「私たちは、できることをするしかないってこと。結果はね、決められないから……必要以上に悲しまなくてもいいんだ、狼クン」
優しさを含めた声で寄り添う。
尖った耳をぴくりと動かし、控えめに喉を鳴らした。
『うん、赤ずきんが、そう言うなら……』
血で滲んだ包帯に横顔を摺り寄せた――。
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