第9話 殺人鬼は内に居る

 和歌子を諦めた一也は一人、だだっ広い広間で過ごしていた。


「クソぅ」

 一也はボソリと呟き、虚しく響く空間にどっかりと座り込む。

「弱ったなぁ。和歌子さんが居ないとご飯にもありつけないし、それに台所に美代ちゃんも居るしなぁ」

 どうしたら良いんだよ。と、ガシガシと後頭部を掻き、状況の打開策を考え込んだ。


 だが、まるで考えが思いつかない。そればかりか、ぐるぐると「誰が三人を殺したのか」と言う疑問が強く回り出した。


 そうだよな。不思議なんだよな、誰が一体どうやって三人も殺したんだ?

「それも、こんな短時間に。大体のミステリー小説とかは一日一殺くらいだろ」

 いや知らんけどさ。と、一人でブツブツと言葉を並べていく。


「こんなのが現実で起きたら、マジ困るっての」

 一也は、はぁとため息を吐き出した。

「鳴海さんを突き落とせて、藤木さんを殴り殺せる力があって、美代ちゃんをあんな風に刺し殺せる時間があった人……が、和歌子さんだとは思えないよなぁ」

 俺じゃないって言うのは、俺が良く分かっているし。と、うーんと考え込む。


 その時だ、ビリリッとぼんやりとした霞が広がる脳内に一筋の光が差し込んだ。

「まさか!」

 彼は突然生まれた考えにハッとし、ガタッと立ち上がる。


「外部犯って奴か!」

 俺達じゃないなら、それしか考えられない! と、声を張り上げ、足をバッと前に動かした。


 早速味方である和歌子に伝えようとしたのだが、つい数分前の和歌子の姿が瞼裏に蘇る。


 一也は「今すぐは無理か」と冷静になって、背中から倒れ込む様にしてポスンッとソファに座り込んだ。

 ぐうううと腹の虫が「情けない」と一喝する様に鳴る。

 一也は「仕方ねぇだろぉ」とため息交じりに吐き出し、「あんな美代ちゃんを一人でどこかに動かすのは嫌だからなぁ」と呟いた。


 それから彼は必死に腹の虫を抑えながら、だだっ広い広間でダラダラと手持ち無沙汰に過ごしていた。

 しかし、その手持ち無沙汰な時間は唐突に終止符を打たれる。


 直に十四時を迎えようとしていた時だ。ガタンッガタンッと二階からの振動が、高い天井を伝って大きく響く。


 一也の心中に嫌な予感がズキリと植わり、直ぐさまぱあっと花開いた。

「和歌子さん!」

 慌てて立ち上がり、広間から駆け出る。


 だが、すぐにハッとして、彼は台所へと足の向きを変えた。そして無残な姿の美代を視界に入れない様にして、内へズンズンと進む。


 相手は何人も殺している殺人鬼だ、素手で勝てる訳がねぇ。


 一也はガサゴソと食器棚を乱暴に漁り、手頃且つ殺人鬼にも抵抗出来そうな調理用具を探した。

 そうして小さくも鋭利な刃を持つ果物ナイフを手にし、一也は和歌子の居る二階へと急いで駆け上がる。


「201」とプレートが付いた扉の前に辿り着くや否や、彼はドンドンッと扉を叩いた。


「和歌子さん、和歌子さん! 何かあったんすか? ! 凄い音しましたけど、大丈夫なんすか!」

 和歌子さん! と、声を張り上げるが。内側からは声が返ってこなかった。


 さっきと同じ作られた沈黙なのか、それとも本当の沈黙なのか……。

 一也の不安が、どんどんと黒を強めていく。


「和歌子さん、開けて良いっすか!」

 切羽詰まって尋ねながら、ドアノブをダメ元でぐいと押した。


 すると扉はすんなりと力に押し負け、キイッと簡単に開く。


「嘘だろ」

 一也は開いた扉に愕然とし、露わになった内側に息を呑んだ。

「和歌子さん、鍵掛けていたのに。あの時、確かにカチャって音がしたのに」

 どういう事だよ。と、混乱しながら「和歌子さん、入りますからね」と、声をかけて部屋に飛び込む。


 飛び行った一也は、目に飛び込む光景に愕然と、いやぶわりと総毛立ち、恐怖で身を竦ませた。


 理玖の時ほどではないが、物が乱雑に荒れた部屋。

 そしてベッドに倒れ込む様にして、不気味な形で固まる和歌子の姿。


 一也は恐る恐る近寄った。

「ヒッ」

 小さな悲鳴が弾け、彼の足はザザッと後退する。


 和歌子の目は恐怖で大きく開かれたまま止まり、口からはどぷりと鮮血が歯の隙間を縫って零れ出ていたのだ。


 真白のシーツが、吐き出された赤色で不気味な作品を作り上げていた。


 数時間前まで自分の前で確かに生きていた和歌子が、殺されてしまった……。

 一也は「う、嘘だろ」とよたよたと後退し、部屋を後にする。


 鍵がかかっていた部屋に居た和歌子さんが殺されたなんて……。どういう事だよ、部屋は安全じゃないのかよ。

 外部犯は、この屋敷の部屋の鍵を手にしているって事かよ。


 ここに安全な所はないのかよ!


 一也はダダダッと駆け下り、広間へと急いで戻った。


 そして膨大に膨れ上がった恐怖と切羽詰まった困惑に支配されながら、彼はズボンに入れていたスマホを取り出し、乱暴にタップし始める。


「圏外」と言う表示を目にしても、「5G」と言う表示を目にしても、彼はダンダンッと画面をタップし続けた。


「繋がれ、繋がれ、繋がれ! 頼むから、繋がってくれよ!」

 憤懣とした、いや、必死の懇願が一也の口から飛び出す。


 その時だった。彼の背後で、ガチャリと扉が開く音が弾ける。


 しっかりと、しっかりと、その音は彼の耳に入ったのだった。

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