第5話 予想外の出来事

 ……嗚呼、やっぱり眠れる訳がないわ。


 美代は口の中で小さく呟いてから、意識的に閉ざしていた瞼をパチリと開かせる。

 幾度も眠ろうとした、だが彼女の脳は嫌に溌剌としていて一時も眠ろうとしていなかったのだ。


 あんな事があったばかりで、上に異常な殺人鬼がいる状況で、スヤスヤと眠れるなんて無理よ。


 美代はふかふかのソファに横たえていた身体をむくりと起こした。

 そしてチラリと隣のソファを一瞥する。

 そこには、ゆったりとしたソファの上で小さく背を丸めて寝入る和歌子の姿があった。


 年のせいなのか、案外図太いせいなのか。何にしろ、羨ましい限りだわ。

 美代は小さく息を吐き出してから、和歌子が眠るソファの近くで椅子を連結させて眠る一也の方に顔を向けた。


 一也君も眠れているのね、羨ましいわ。

 美代は小さく息を吐き出してから、ソファの背もたれにピタリとくっつく様に座り込んだ。


 ポスンと柔らかなクッションが受け止め、強張る自分を優しく宥める様にゆっくりとお尻の部分が沈んで行く。


 本当にこんな所、来なきゃ良かった。

 今更しても仕方のない後悔に襲われる。だが、それでも後悔以上の恐怖が彼女を襲っていた。


 金の為に人を殺せる人間がいる屋敷で、あと六日も過ごさなくちゃいけないなんて。どんな拷問よ。

 絶対にここを出たら、こんな馬鹿げた試みで私達を弄んだ与木丈一郎よぎじょういちろうを訴えてやるわ。犯人のアイツを警察に突き出して訴えるのは勿論だけれど。


 美代の恐怖が徐々にメラメラと怒りと怨恨に変わって行った、その時だ。

 彼女の思考に、ハッと稲妻が走る。


 ……嗚呼、そうよ! 私も何か武器を持つべきだわ!


 突如降り立った天啓に、彼女の脳内が別の狂気で爛々とし始めた。


 丸腰で居るよりもそっちの方が安全だし、自分の身を自分で守れる。

 それに襲われた時に、ソレを持って返り討ちが出来たとしたら……

 人殺しと言う悪の形じゃなく、正当防衛と言う正義の形で五億が手に入る!


 美代は「こうしちゃいられない」とばかりに、自分を迎え入れてくれたソファからガバッと立ち上がった。


 そして周りを起こさない様にしてこっそりと広間を抜け出し、隣の食堂にある台所へと向かう。

 彼女の正義と言う刃物を手にする為に……。


 だが、一つ、誤算があった。

 彼女が食堂に足を踏み入れた背後で、カツンと音がしたのである。

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