第4話 高まる猜疑心

 一同は自然と食堂に足を向け、何とはなしに夕飯の時と同じ席へ座った。


「どっちがやった訳」

 美代が口火を切り、刺々しい目で雄成と和歌子を睨めつける。


「何言ってんだ、クソ女!」

 当然の様に、雄成はガタッといきり立ち、美代の猜疑に怒りをぶつけた。


「俺の訳がねぇだろ!」

「どうだか!」

 美代はその怒りに真っ向から対峙し「アンタか、オバサンのどっちかしかあり得ないのよ!」と声を荒げた。


「アタシと一也君は、一緒に呑んでたんだから!」

「それは確かっすよ。悲鳴が聞こえた時も鳴海さんの部屋に駆けつけた時も、俺等、ずっと一緒に居ましたよ」

 美代の怒りに、一也が飄々と追随する。


 美代は「そうよ!」と、力強く同調してから「つまりアリバイってものがない、アンタか、オバサンが犯人って事よ!」とビシッ、ビシッと二人を指さした。


「でも、アンタの方が怪しいわ。力もあるし、鳴海さんの部屋から一番近い所に居たんだから!」

 美代から突きつけられる言い分に、雄成はグッと奥歯を噛みしめる。


 和歌子よりも分が明らかに悪い、それをヒシヒシと感じているからこその事だった。


 雄成はチッと大きく舌を打ってから、「俺じゃねぇ!」と声を荒げる。

「眼鏡の兄ちゃんを殺す理由がねぇだろ!」

でしょ!」

 そんなの言い訳にもならないわ! と、猛々しく食ってかかる美代。


 雄成は負けじと「金を引き合いに出すなら、俺よかそのババァの方が怪しいだろ!」と指を差した。


「金を必要としているのは、そっちのババァの方だ!」

 突如として非難を向けられた和歌子は一気に青ざめ「なっ!」と、大きく動揺する。


 彼女はそもそもが気弱な性格だ、だからこそこの非難は彼女を軽々とパニックへと叩き落とした。


「わ、私は、違う。違うわ! 本当よ! お金の為に、人を殺すなんて大それた事は出来ないわ!」

 おどおどとしながらも、和歌子は必死に弁明を紡ぐ。

「それに、女一人の力で成人男性を突き落とすなんて! ましてや私は彼よりも年を喰ったおばさんなのよ! 出来る訳がないでしょう!」

「そうね、確かにそうだわ」

 美代が半狂乱の弁明を静かに受け止めると、「やっぱり」と雄成を冷ややかに睨めつけた。


「アンタじゃない」

「だから俺じゃねぇって言ってんだろ!」

 雄成は怒り心頭で身の潔白を張り叫ぶ。


 すると美代は「信じられる訳がないわ」と、冷淡な声音で言い捨てた。

「だって、私が鳴海さんを助けに行こうとした時、アンタ言ったわよね。ありゃあもう死んでるって。そんなのまだ分からない状態だったし、息がある可能性だって少なからずあったのに、アンタだけは死んでるって断定したじゃない」

 それってつまり、自分が殺したから鳴海さんは死んでるって分かっていたって事でしょ? と、淡々と言葉を突き詰める。


「そんなの難癖だ!」

 いい加減にしろよ、クソ女! と、雄成は怒声を張り上げた。

「ピクリとも動かず、波にぷかぷかと浮かんでいたんだぞ! そんなの誰だって死んでるって思うだろうがよ! それに俺はあの眼鏡の兄ちゃんを気に入っていたんだぞ! 殺す訳がねぇだろ!」

 雄叫びの様な弁明で、自身は白だと訴える。


 だが、抱えた疑惑と恐怖を取り払って、彼に「白」を与える者は誰も居なかった。

 客室のある二階に居た事、一人で居た事、この場で一番力がありそうな事、そして「金の為に人を殺せる人間」と言うレッテルが一番相応しい男である事。

 彼の弁明には、それらを覆す材料が何もなかった。


 そしてまた、雄成自身もその事をよく分かっていた。

 今の俺は疑惑を晴らす材料を何も持っていねぇんだ、と。


 雄成は「クソが!」と憤懣としてから、手前に置いてあった花瓶をなぎ払った。

 ガシャン、ガシャンッと高級な花瓶が呆気なく散り、破片と言う虚しさを床に広げる。水浸しになっただけの花も美しさを削がれ、一瞬にして見窄らしい姿になった。


 雄成はその上を乱暴にぐしゃりと踏みしめてから「覚えとけよ! クソ共が!」と食堂の物を破壊しながら、ドタドタと二階へと一人戻って行ったのだった。


「なんて乱暴なの」

 やっぱりあの人が犯人だわ。と、和歌子が恐ろしさに顔を歪ませながらも冷たい声音で言い放つ。


「あの人に警戒しておきましょう。そうしたらこれ以上の犠牲は出ないわ」

 美代が和歌子の呟きに力強く同意した。


 すると一也が「じゃあ、これからどうします?」と女性二人に伺いを立てる。

「用意された部屋で休みます? それとも」

「それは嫌。そうするとあの人の近くに居る事になるし、部屋に鍵がかかるとは言え、一人は危険だと思うわ。だから全員でこの横にある広間で休みましょうよ。ソファとか椅子を繋げて使えば、何とか寝られるはずよ」

 一也の質問を遮って、美代が答えた。彼女はギュッと鳥肌の立つ腕を……いや、虚勢を張る自分を優しく抱きしめていた。


 一也はそんな美代に気がつくと、「頼りないかもだけど、俺が居るからさ」とニコリと笑顔を見せる。

「これ以上の被害は出させないよ」

「……ありがとう、頼りにしているわ」

 美代は弱々しく口角をあげて、彼の優しい笑顔に応えた。


 そんな若い二人に、和歌子は気まずそうな面持ちで「わ、私、上から毛布を取ってくるわね」と、出て行こうとする。


 年長者なりの気遣いだったのだろうが。すぐに「いや、俺が行くっす。危ねぇんで」と、一也が引き止め、恋が芽生えそうな二人にひとまずの終止符を打ってしまったのだった。


 そうして女性陣は広間に移り、一人二階へと上がった一也の帰りを待つ。

 数分も経たずに、一也は客室の布団やバスタオルを抱えて戻ってきた。

「大丈夫でしたよ。多分、自室に籠もってんだと思います」とあっけらかんと言い、恐怖で睡魔を阻んでいる彼女達を安堵させてから、彼等は眠りについたのだった。

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