第3話 この中には殺人鬼が居る
和歌子が用意した手料理で夕飯を済ませた五人は、それぞれの自由を楽しんでいた。
ビリヤードやダーツが置かれた遊戯室では雄成が、ワインや酒が取りそろえられた小さなバーでは美代と一也が、棚にぎっしりと本が詰まった書斎では和歌子が、高級な誂えで整えられた客室では理玖が、思い思いの夜を過ごす。
誰も五億に目が眩み、殺人なんておかす訳がないと弛緩しきっていたのだ。
しかしながら、突如緩められていた糸がピンッと張り詰める事となる。
「辞めろ、辞めてくれえええええええっ! うわああああっ!」
巨大な屋敷を震撼させる程の悲鳴が弾けた。
皆がその悲鳴にバッと動き出し、悲鳴の元へと慌てて駆ける。
悲鳴の元と思われる場所は、すぐに分かった。開け放たれた扉、そこから見えるのは明らかに誰かと争った形跡。
「なんてこった」
雄成がボソリと呟き、呻いた口を苦々しい手で覆う。呆然と立ち尽くす彼の横をダッと一也が駆け走り、ひらひらと風を受けて泳ぐカーテンの外側へと飛び込んだ。
「ま、マジかよ」
ベランダに飛び出た一也が呟くと、美代を先頭に雄成と和歌子が続く。
彼等の二つの瞳が大きく震えた。
何故なら、そこに映っているのが、濃藍の海にぷかぷかと漂うスーツ姿。ピクリとも動かず、岩肌に波打つ水の流れにただただ揺蕩う。
顔は見えなかったが、長身細身のスーツ姿は五人の中では一人しかいなかった。
「た、助けに行かないと!」
美代が声を張り上げてパッと動き出すが、「無理よ」と和歌子が戦々恐々としたまま引き止める。
「助けられる足場がないし、波が高くて危険だわ。それに女の力じゃ、波に攫われた成人男性を引き上げるなんて不可能よ」
「で、でもあのままじゃ、鳴海さんが!」
美代が焦った顔で食い下がると、「ありゃあもう死んでるだろ」と雄成が重々しく言った。
「このまま波に流されて、他に引き上げてもらうしかあるめぇよ」
雄成の言葉を最後に、彼等は唇を真一文字に堅く結ぶ。
ザザーン、ザザーンと腹の底まで響く潮騒が、彼等を絶望の淵へと叩きのめした。
この中には、金の為に人を殺す者が居るのだと。
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