第2話「薔薇の花束」
「ミレイユ。待ってくれ! これは……一体、どういうことだ」
私は急な事態を把握出来ずに居るジェレミアを冷静に見た。
……本当に容姿は素敵なのよ。姿は私の思い描く理想の王子様だもの。
けれど、私と結婚しないことを選ぶのであれば、ここで断罪するわ。
性格的には、やられっぱなしは性に合わないもの。
「あら。ジェレミア。私と婚約破棄したかったのでしょう。ええ。望み通りに婚約破棄してあげます。ただし、ジェレミア側の断罪を以て、婚約破棄とします。だって……私は貴方のことをとても好きだったのに、こんな目に遭わせようとしていたなんて! 酷いわ。ジェレミア。私の気持ちは、貴方にもわかっていたはずよ」
「ちっ……違うんだ! ミレイユ。待ってくれ。俺の話を……」
「いいえ。待たないわ。チェーザレ……これから、断罪を始めるわ。お願いします」
私は彼の言葉を鼻で笑って振り返った。今更、婚約破棄をしようと思って居た婚約者に、何を言うことがあると言うのよ。
「……誰だ?」
私の隣には、水色の髪を持つ貴公子チェーザレ。ジェレミアは彼のことを知らなくて、不思議そうだった。
知らなくて当然だった。私も……彼の両親だって、ジェレミアには関係ないように伝えないようにしていたもの。
「こちらは、トリエヴァン帝国の皇帝チェーザレ・エラザスよ。私の母側の従兄弟なの。この前に即位したばかり」
「皇帝……トリエヴァン帝国の」
ジェレミアは息をのんだようだった。それもそのはず。ウィスタリア王国は大陸の半分を占めるトリエヴァン帝国に比べると、国力が違い過ぎる。
友好的な関係にあるとは言え、何が戦争の火種になるかなんてわからない。
即位式には彼の両親が出席して、ジェレミアは留守番をしたから、チェーザレの顔を見るのはこれが最初のはずだ。
「ええ。それは、ずっと伏せられていたのよ。実は私の母の出生は、先の皇帝の庶子だったの。そして、遠縁であるウィスタリア王国アレイスター公爵家に預けられ、そのまま父と結婚したのですわ。トリエヴァン帝国の継承権争いは激しいもので、私の出生が知られれば、利用されてしまうかもしれなかったのです。ですが、無事にチェーザレが皇帝になり、私の出生もこうして明らかにすることが出来ました」
私は周囲の貴族たちを見回し、過去に嘲ったり、後ろ暗いところのある者は目を伏せた。
そうでしょうね。私が単なる公爵家の娘であれば、王太子に嫌われた公爵令嬢として弱い立場にあったかもしれない。
けれど、大きな帝国の皇帝一族の血を持ち、現皇帝の可愛がっている従姉妹であれば?
そうであれば、話は違って来ることは知っていたし、大きな後ろ盾を持っている私に罪を被せて婚約破棄をするなんて、どれだけ自国の王太子が馬鹿なことを仕出かしたか、彼らだって良く理解することが出来るだろう。
まさに断罪と呼ぶに相応しいわ。
「ミレイユ。お前が望むならば、王太子の顔をすげ替えれば済むのではないか」
チェーザレのとても低い声が聞こえて、私は首を横に振った。
別に私は王太子と結婚したかった訳でもなくて、好きになったジェレミアと結婚したかっただけ……今はその夢もなくなってしまったけれど。
「いいえ。チェーザレ。始めて……私だって、言いたいこと……沢山あるんだから」
私は両脇を押さえられていたジェレミアを、キッと睨み付けた。
私と婚約していたくせに……色んなご令嬢と浮気して、信じられない! 自分の父親と、ここに集まった多くの貴族の前で恥をかけば良いんだわ!
「それでは、ミレイユの望みを叶えるようにしよう……それでは、ウィスタリア王国王太子ジェレミア・バートレット! 皇帝の名において、虚偽の証言は許さぬ。婚約者たるミレイユが居るのに、お前は彼女を蔑ろにし、多くの女性と関係したようだが、それは事実か? 真実のみを答えよ」
思わぬ王太子の断罪劇のはじまりに、周囲の貴族たちは好奇の視線を隠せないようだった。
私はというと完全に形勢逆転して始まった断罪劇に、胸がスッとする思いだった。ジェレミアを好きだったからこそ、浮気について許せない気持ちが強かったもの。
「……違う。誰とも関係はしていない」
しーんとした広間で、ジェレミアは真っ直ぐに私を見て言った。
「そんな訳ないでしょう。私以外のご令嬢と寄り添っているところを、これまでに数を数え切れないくらいに見たわ」
あれを関係していないと言うなんて、ふざけているのかしら。
「それは、ミレイユだって同じだ。俺は見たんだ。俺と婚約していたのに、同じ年代の異性と何度も密会していただろう! だから、俺だって同じことをしたんだ!」
その場に居る全員が、きょとんとした顔になった。私だって、そうだった。
婚約者の私が浮気したから、浮気をしたですって……?
「待ってください。そんな事……ある訳がないわ」
私はジェレミアのことが出会った時から好きだし、結婚するなら彼だと思っていた。彼以外の男の子に思いを寄せたことなんて、これまでに絶対になかったと言い切れる。
戸惑った私の言葉に、ジェレミアは不満そうな表情で言った。
「……俺は、見たんだ。母上から王家の庭に咲いた薔薇の花をミレイユに届けるように言われて、驚かせようとアレイスター公爵家に行った時、同じ年代の男の子とミレイユが親しげに話しているところを見たんだ。それなのに、あれは誰かと確認した俺には、同じ年代の異性で仲の良い子は居ないと言った。俺に嘘をついたのは、ミレイユの方だろう!」
……我がアレイスター公爵邸に、異性が?
ああ……もしかしたら、私と血縁関係にあるチェーザレのことを、まだ隠さなければいけない時だったから、それを誤解してしまったって事かしら?
「……え? もしかして、お忍びで来ていたチェーザレを、見たってことかしら?」
私は隣に居る背の高い従兄弟、チェーザレを見た。彼は顎に手を置いて、記憶を探るようにした。
「そういえば、昔、アレイスター公爵邸から帰る時に、玄関に高そうな薔薇の花束があった時があったな……あれは、王太子が持って来ていたのか……」
なんと、記憶力の良いチェーザレはジェレミアの持って来ていた薔薇の花束を見ていたらしい。
「それは……ごめんなさい。ジェレミア。こちらの事情でチェーザレのことは、あの時には隠さなければいけなかったから」
この国でも私の両親とジェレミアの両親くらいしか知らない、機密事項(トップシークレット)だったのだ。
「俺は何度か、聞いたんだ。けれど、ミレイユはずっとのらりくらりと誤魔化すばかりで……将来的に結婚するのなら、俺だけには教えてくれても良かったはずだ。極秘に調査させても、あの男の正体はわからない。わからないが、アレイスター公爵邸には定期的に訪れていた。俺には……浮気をしているようにしか思えなかったんだ」
「それは……あの、その……ごめんなさい」
私はチェーザレについては、絶対に言ってはいけないと両親から言われていたし、難しい彼の立場を思えば仕方のないことだと思っていた。
けれど、彼の存在がジェレミアをこんなにまで、不安にさせていたなんて……これまでに一度も思わなかった。
思いもしなかった。ジェレミアがこんなに悲しい思いをしていたなんて。
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