婚約破棄される令嬢の心は、断罪された王子様の手の中。
待鳥園子
第1話「断罪を受けるべき」
華やかな夜会が催された、城の大広間の中。
「ミレイユ・アレイスター! 君とは……婚約破棄だ! それでも構わないのか!?」
私の婚約者であるウィスタリア王国王太子、ジェレミア・バートレットは高らかにそう宣言した。
あら。さっきまで彼と一緒に居たご令嬢は、何処にいったのかしら。私はその時に冷静に思った。
私たち二人は婚約者同士なのに、ここ数年、一緒に夜会の会場へと入場することもなかった。
私はいつも一人。
彼が違う誰かと一緒に楽しそうに笑い合っていても、何も見て居ない振り聞こえない振り。
軽やかな音楽は止まり、周囲の貴族たちは何事かとざわめいて、不穏な空気を放つ私たち二人から離れ、広い会場の中で、ぽっかりと私たちだけの空間が出来ていた。
「あら……ジェレミア。それは、こちらの台詞ですわ。それでも、構わないのですね?」
これまで大人しく何も言わなかった婚約者が、ここで強気に出るなど思ってもいなかったのか、ジェレミアは言葉に詰まり、これから何を言うべきか悩んでいる様子だった。
ジェレミアは金髪碧眼を持ち、ひと目彼を見れば誰もが褒めそやすような外見を持つ継承権第一位の王太子様。
現王と一番に身分の高い正妃との間に生まれ、未来の王ジェレミアの誕生を聞き、国民は喜びで湧いたと聞く。
公爵家の娘として育った幼い私はそんな彼と婚約出来たと聞いて、とても嬉しかった。
……本当にすごくすごく、嬉しかったのだ。
ジェレミアは王子様で女の子が一度は夢に見るような外見を持ち、とっても優しくて折々の贈り物だって欠かさず、勉強や公務で忙しい時期だって手紙をまめにくれていた。
けれど、ジェレミアはなぜかここ二年ほど態度は急激に冷たくなり、彼には私以外の令嬢との噂が絶えなくなってしまった。
見えるところでジェレミアと寄り添っている女の子との姿を見る度に、胸の中が無数に切りつけられるように痛んだものだ。
それでも、私は何も言わなかった。にこにこと微笑んで、無言のままで耐えていた。
公的な場に出れば、ジェレミアに軽んじられている私の姿を見て、ひそひそと嘲るように噂されることだってあったけれど、何も言わずに機嫌良く笑顔を崩すことはなかった。
だって……私はずっとジェレミアのことが好きだったし、ウィスタリア王国の数ある令嬢の中でも、彼の婚約者に選ばれているのは私だという高い矜持を持っていた。
王太子たる彼の婚約者に相応しい令嬢であろうと努力するために、多くの時間を使い、これまでの人生を生きてきた。
このまま……文句だって何も言わなければ、私はジェレミアと結婚出来る。
けれど、ここで彼の行動に何か文句をつけて仕舞えば、何をうるさいとジェレミアに嫌われてしまうかもしれないと恐れていた。
それほどまでに、ジェレミアのことが好きで……本当に馬鹿だった。
ジェレミアが結婚前にどんな女性と付き合おうが、私と結婚することは、何年も前から決まっていて、私側の行動に何の文句も付けようがなければ、彼は決められた未来から逃げることは出来ない。
別のご令嬢と結婚したくても、私と結婚してから、何年も経ってからと言われるだろうし、一時の浮気心なんて何年もすれば冷めてしまう。
これまでに良い子の振りをして何も言わなかったのは、ジェレミアに嫌われたくないというだけの打算だ。
だから、ずっと何も言わずに黙っていた。
彼の婚約者として例え蔑ろにされていたとしても、ジェレミアのことがすごく好きだったからだ。
けれど、こんな……周囲に貴族が取り巻く中で、婚約破棄なんて言われてしまえば、そんな我慢も全部全部無駄だったと思い知った。
もう……私たちの婚約者としての関係も、これで終わりだわ。
私は手をぎゅっと握りしめて、これからを生きる覚悟を決めた。
ジェレミアの婚約者でなくなってしまうのなら、我慢せずに嫌われても別に構わないわ。
「……ああ。そうだ。ミレイユ。お前との婚約は、ここで破棄する。それで、良いんだな?」
眉間に皺を寄せたジェレミアに再度の確認をするように聞かれたので、私は王族に対する特別なカーテシーをして、彼の言葉に同意を示した。
……かしこまりました。私の唯一の王子様だった人。そして、これから元婚約者になる人。
これからは、私のしたかったことをするわ。
「この時を、待っておりました。ジェレミア様。これからは、断罪のお時間です。よろしいですわね?」
私がそう宣言した瞬間、ジェレミアの周囲に兵士が取り巻き、彼を両側から捕らえた。
王太子たる自分が、まさかそんな目に遭うなんて思っていなかったのか、ジェレミアはとても驚いているようだった。
私は冷静に、ジェレミアのことを観察していた。今ではもう、怒りも湧かない。静かな覚悟だけだった。
好きだった……すごく好きだったから、私以外の誰かと一緒に居るところを見て傷ついていた。
だからこそ、私はジェレミアを好きなままでいたくて、いつも息苦しいほどの嫉妬の気持ちに耐えなければならなかった。
けれど、もう好きでなくなっても良いと思えば、すごく楽だった。
ジェレミアを好きでなくて良いならば、彼に好きになって貰わなくても良い。
なんだって、私が言いたかったことを言える。
「なっ……なんなんだ? ミレイユ。これは……」
愕然としているジェレミアからの質問を無視して、私は背後を振り返った。
少し前から、なんだか様子がおかしかったジェレミア。きっと、私との婚約を邪魔だと思っているのかと思っていた。
こうなることを予感していた私は、これまでに色々と準備だけは済ませていた。
この準備なんて……使わなければ、それが一番良かったんだけど。
もう……こうなってしまっては、仕方ない。
私が振り返った先には、この国の王ジェレミアの父上たるテレンス様と、私の母側の従兄弟……チェーザレ。
「こういうことですわ。陛下。チェーザレ。私も限界まで我慢しましたけれど、もう無理です。婚約破棄をするならば、彼が断罪を受けるべきですわ」
「……ジェレミア。何ということを。ミレイユには、何の落ち度もないというのに」
初老の年齢でありながらも衆目を集める口髭を蓄えた美貌の国王陛下は、片手で頭を押さえていた。本当に、頭が痛いと思う。
ジェレミアが何を理由に私との婚約を破棄しようとしていたかはわからないけれど、私側には何の落ち度もない。
悪事を捏造しようにも、彼より権力を持つ父である陛下がこの場に出て来ているのであれば、それも出来ない。
……私だってジェレミアとこのまま結婚したかったし、彼が早く改心してくれたらと思っていた。
けれど、いつまで経ってもジェレミアの悪い女癖は変わらないし、私以外の令嬢と一緒に居ることは変わらなかった。
こうなってしまうことを望んだのは彼で、私ではない。
それでも良いから一緒に居たいくらいに、好きだった。もうこれからは、彼を嫌いになっても良いとほっと安心している。
いずれ、ジェレミアのことを聞いていても何も思わなくなる。とても好きだったから、そうなってしまうことが怖かった。
ジェレミアが私との婚約を破棄するなんて言い出さなければ、私だって何もしなかったのに。
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