第2話 記憶の中のお屋敷

 いつから学校帰りに寄り道をするようになったのだろう──。

 シュウヤは思い返していた。

 中学生までは寄り道をせずまっすぐ帰宅していたのだ。まっすぐ家に帰らなくなったのは高校に入ってからだ。


 図書館に寄るため──。


 いや、それは副次的な理由でしかない。図書館には休館日がある。そういう日でもシュウヤはぶらぶらとあえて遠回りになる道を選び家に帰っていた。

 その理由を今まで突き詰めて考えたことがなかった。

 いや──考えることを拒否していたのだ。

 だが今、はっきりと理由がわかった。

 学校から家を結ぶ直線距離となる道路、そこからあの屋敷が遠目であるが視界に入るのだ。

 シュウヤはそれを知らず避けていた。

 屋敷の周りには目立った建造物がないからどうしても視界に入ってしまうことをシュウヤは知っていた。

 それほどに避けようとする屋敷の記憶──。

 ──はじめてあの屋敷を見たのは、シュウヤがまだ小学校に上がったばかりのころだった。

 近所の友だちとかくれんぼをしていたら夢中になりいつもより遠くに来てしまった。

 シュウヤの住む団地から遠く離れたその場所に屋敷はひっそりと佇んでいた。

 見上げるほどの高い塀でぐるりを囲み、入口正面の鉄の門扉は固く閉ざされていた。

 ただ門扉は格子状になっていて中の様子を見ることができた。

 舗装された細い道が入口から走り、その先に大きな屋敷が見えた。それは幼いシュウヤがはじめてみる、見たこともない立派な建物だった。まる外国の絵本に出てくる、貴族の住むお城のように見えた。

 屋敷の前には大きな庭があった。芝生を短く刈り込み、その傍らには色とりどりの草花が咲きほこっていた。

 不意に嬌声が聞こえた。

 見ると楽しそうに庭をかけまわる三人の子供の姿が目に入った。年齢はシュウヤと同じくらいに思えた。

 こんな大きな屋敷に住んでいるのはどんな子供たちなんだろう──。

 ふと興味がわいた。鉄格子の門扉は硬く閉ざされているが、足元に小さな隙間があった。

 大人では無理だが、体の小さなシュウヤならくぐり抜けられそうに思えた。

 シュウヤは腹這いになって、その隙間に頭を通した。そのまま匍匐前進をするように進んだ。案の定、なんとか体を通すことができた。立ち上がり服についた汚れを払い落とす。そのまま屋敷へと続く小道をシュウヤはゆっくりと進んだ。道の左右は背の高い雑木林で囲まれていた。雑木林が途切れると、色とりどりの花が咲きほこる大きな庭に出た。

 シュウヤはそこで足を止め、はしゃぐ三人の子供たちの姿をぼんやり眺めていた。

 すると走り回っていた子供の一人が足を止めた。シュウヤの存在に気づいたようだった。

 その子供がシュウヤの元へと走り寄ってきた。近づいてきた子供は透き通るような白い肌をしていた。黒髪をなびかせ、突然現れたシュウヤに警戒した表情を見せることなく、なぜか笑っていた。残り二人の子供は、その様子を遠巻きに見ていた。


「君はだれ?」


 目の前まで来た子供は無邪気に聞いてきた。半袖のシャツに短パン。恰好を見ると幼い少年のそれなのだが、中性的で整った顔立ちは少女にも見えて、シュウヤには性別がどちらなのかわからなかった。


「僕はシュウヤ……」


 シュウヤは答えた。


「シュウヤかあ……シュウヤはどこから来たの?」


 子供はなぜか嬉しそうに聞いてくる。


「あっち……ここからはちょっと遠いところ……団地に住んでる」


「団地って……?」


「一つの建物に部屋がいっぱいあってたくさんの人が住んでいる……そういうところ……」


 シュウヤは少し考えて答えた。子供はへえ、と言って相変わらずニコニコ笑っている。


「君の名前は……?」


 今度はシュウヤが聞いた。


「僕はルリオ」


 ルリオ──名前からして男の子なのだろう。


「あっちにいるのはフウカとトウコ」

 ルリオは二人の子供に向かって手を上げた。

 すると二人の少女が恐る恐るこちらに近づいてきた。ショートカットの女の子と、反対に長い黒髪の女の子だった。黒髪の女の子はショートカットの女の子の後ろに隠れていた。


「お兄ちゃん、誰なの……? 友達……?」


 ルリオの妹なのだろう。シュウヤに向けて戸惑いと警戒の視線が見て取れた。


「シュウヤっていうんだ。ダンチってところから来たんだって……」

「へえ……でも知らない人でしょ。ママに怒られるよ」

「今は知らない人だよ。でも友達になればいい。友達だったらママも許してくれる」


 ルリオは相変わらず嬉しそうに言う。

「さあ、シュウヤ、一緒にあそぼうよ」


 そういうとルリオはシュウヤの手をとり駆け出した。シュウヤは呆気にとられたが、握られた手を拒むことなく握り返して、一緒に走りだした。

 幼い子供なのだ。遊びだしてしまえば、子供に細かい勘繰りもない。警戒していたフウカもトウコも鬼ごっこをして、ボールを投げて蹴ったあとには、大きな壁はすでに取り払われていた。

 真上にあった太陽は大きく傾き、遠くに見える山の端にかかりはじめたころ、遊び疲れたシュウヤたちは庭の真ん中に座っていた。


「ルリオは何年生?」


 シュウヤは長く伸びる自分の影をぼんやり見つめながらルリオに聞いた。


「それ何?」


 冗談を言っているようには見えなかった。ルリオは本当にわからない、という表情をしていた。


「ルリオは何才? 学校には行ってないの?」


「七才だよ。学校って?」


 ルリオはシュウヤと同い年だった。七才なら学校に通っていないわけがない。

 ルリオはまた不思議そうな顔をした。


「勉強はどうしてるの?」


 シュウヤはこのとき、なぜ学校に行っていないの、とは聞けなかった。


「勉強はママが教えてくれるよ。フウカもママに教えてもらってる」

「へえ。そうなんだ……」


 シュウヤもまた子供だった。義務教育という言葉も知らない。中には学校に行かない子供たちもいるのかもしれない。そう思う程度だった。


「ルリオ様、フウカ様、そろそろお戻りください」


 屋敷の方から声がした。女の人の声だった。屋敷の窓を見ると数か所、オレンジ色の淡い灯りが点っていた。その淡い光に照らされぼんやりと人の姿が浮かび上がる。

 細身の大人の女性だった。表情は見えない。


「わかった。今、戻るよ」


 ルリオは大声で返した。


「シュウヤ、今日は遊びに来てくれてありがとう。明日、また遊びに来てよ。今度は門の前で待ってるからさ」


 ルリオはそう言うと、シュウヤの答えを待たずに屋敷へ向かって走り出した。それをフウカが追いかける。二人とも何度かこちらを振り返り、手を振ってくれた。シュウヤも手を振り返す。ふとトウコはどうしたのだろう、と探すと一人だけ別の方角へと歩いていた。屋敷とは正反対の雑木林へと向かっている。とぼとぼと歩くトウコの背中は寂しそうに見えた。トウコは雑木林の間に消えていった。

 あたりはしんと静まり返っている。さきほどの子供たちの嬌声が嘘のようで、ときどき夜風に触れ合う枝葉の音が聞こえるばかりだった。

 シュウヤは雑木林の間を抜けてまた門扉の隙間を通り抜けて外へ出た──と思う。

 ──思う、というのはどうにもこのあたりの記憶が曖昧なのだ。屋敷の外へ出てシュウヤは家に帰ったのだろう──。そして家にたどり着いた──はずだ。たしか夏の暑い季節──それで日が沈もうとしていたのだから家に着いたのは、かなり遅い時間になっていたに違いない。

 近所の友人とはぐれ、一人遠くに行ったのは両親の耳に入っていただろう。そうなると自分は心配性の両親にひどく怒られたのだろう──。だが、やはりこの部分の記憶もない。怒られた、という記憶がないのだ。

 記憶がないにしても、そうなったには違いない。だが不思議なことに自分は次の日、またあの屋敷を訪れているのだ。たしかにルリオにまた次の日、来てくれ、と言われたことは覚えている。

 だがふわふわと迷い込んだのちの、一方的に誘われて遊び相手になっただけなのだ。あの子供たちの言動を不思議に思ったが、親近感がわき、親愛の情にかられた、という思いは皆無だった。そのときは楽しくはあったが、別世界の人間たちで相容れないという印象を強く抱いていた。

 だがまた次の日、たしかにシュウヤは屋敷に行ったのだ。親の目を盗み、どのような行程であの屋敷に向かったのかも覚えていない。それでも、あの庭でまた三人の子供たちと一緒に遊んだ、という記憶は確かに残っているのだ。

 それから毎日、シュウヤはあのお屋敷に通い、子供たちと遊んだ。

 すると徐々に屋敷に暮らす人々の様相が見えてきた。

 ルリオとフウカは兄妹で二人とも屋敷に住んでいた。だがトウコは違った。トウコは屋敷で働く、使用人の娘だったのだ。トウコの母親はシュウヤがはじめて屋敷に来た日、ルリオとフウカを呼びにきたあの使用人だった。トウコの母親はトキヨと言った。無表情な女だったトキヨはいつも黒いメイド服を着ており、常に早足で歩いている印象があった。幼いシュウヤには、それはまるで血の通わぬ冷徹なロボットのように見えた。

 ときどきルリオとフウカの母親──エレナの姿も見えた。エレナには異国の血が混じっているようだった。日本人離れした整った顔立ちのルリオとフウカを見れば、それは納得できた。

屋敷には庭全体を見渡せる広いテラスがあり、エレナはときどき、そこから遊ぶ子供たちの姿をしばらく眺めているのだ。

 エレナは車椅子に乗っていた。いつもニコニコと微笑んでいた。その背後には車椅子を押すトキヨの姿があった。エレナは日除けの為か、鍔の広い大きな帽子を被り、純白のワンピースに身を包んでいた。ニコニコ微笑むエレナの背後には、対照的に、黒いメイド服に身を包んだ無表情のトキヨの姿があった。

 不思議と思うことがあった。毎日のように遊びに行っていた記憶はあるのに、トキヨにもエレナにも話しかけられた記憶がなかった。

 唯一、あの屋敷の中でシュウヤに親しく接してくれた大人は、ルリオとフウカの父親のキョウイチだった。

 キョウイチも不思議な大人だった。

 キョウイチは普段、屋敷にはいないようだった。

 昼間、子供たちだけで庭で遊んでいると、門扉の開く音と共に派手なエンジン音が聞こえた。

 すぐに真っ赤な流線型をした高級車が現れゆっくりと止まる。運転席のドアが垂直に跳ね上がるように開くと、そこにキョウイチの姿があるのだ。

 ルリオとフウカはキョウイチが現れると、決まって駆け寄りキョウイチに抱き付く。キョウイチは嬉しそうにルリオの頭を撫で、フウカを抱き上げる。そして二人の子供の頬にキスをするのだ。そして子供二人との一連の儀式を終えると、シュウヤとトウコの元へと近づき、一言二言声を掛けて、頭を撫でてくれたのだった。

 キョウイチはそのまま、一緒に遊んでくれることもしばしばあった。そんなときは誰よりも遊びに夢中になり、子供よりも子供っぽい無邪気な笑顔を見せるのだった。

 シュウヤにはこのような大人の存在が、とても新鮮で驚きだった。このころの父親はあまりシュウヤと遊んでくれる人ではなかった。仕事が忙しいらしく、朝早く出て、夜遅く帰ってくることがほとんどで、あまり顔を合わせること自体がなかった。たまに早く帰ってきて見る父親の姿といえば、テーブルに座り、何やら難しそうな顔をして新聞を広げている寡黙な大人らしい大人の印象しかない。

 父親とは昼間は仕事に行き、その間、家庭は母親が守る。そういうものだと思っていたし、当時、近所に住む子供の親たちは例外なくそのような生活をしていた。

 だがルリオもフウカも、昼間にふらりと現れ、子供たちとひとしきり遊ぶと、妻であるエレナとは、ほとんど言葉も交わすことなくどこかへいなくなってしまう。そういう自分の父親の行動に一切の疑問を抱いている様子はなかった。 

 もしかしたら二人にとってキョウイチは、実の父親というよりも、ときどき遊びに来る面白い親戚のおじさん、くらいに思っていたのかもしれない。

 それくらいキョウイチは子供じみた大人だった。いたずらが大好きで、シュウヤの知らないところでキョウイチと他の子供たち三人が結託し、庭の隅に落とし穴を掘って、落とされたり、長く伸ばしたホースの水を不意に掛けられたりした。シュウヤが驚く様子を見て、腹を押さえて笑い転げているのである。だがこれはシュウヤ一人がいたずらのターゲットになっていたわけではなかった。ルリオもフウカもトウコもキョウイチのターゲットになり、ときには子供たちが結託して、キョウイチをいたずらに陥れることもあった。

 だれもが平等に仕掛け人となり、だれもが平等にターゲットになっていたので、苛められているような陰湿な気持ちになることはなかったように思えた。

 そしてキョウイチは車が好きだった。何台も車を所有し、屋敷に隣接する専用ガレージにそれらは整然と並べられていた。シュウヤたちは、よくシュウイチにガレージへと連れてこられ、洗車を手伝ったり、ときにはキョウイチの指示の元、タイヤの交換を行ったりもした。

 こういうときキョウイチは決まって、車をとりまき、あくせく働く子供たちの姿をぼんやり眺めているのであった。

 このように入り浸るように屋敷にいたシュウヤであったが屋敷の中に入れてもらったという記憶は不思議なことにないのだ。その代わりに、屋敷ではなく雑木林の中に建てられたトキヨとトウコの住む、離れに、何度か泊めてもらった、という記憶が残っていた。

 離れは雑木林の中にあった。庭の方から雑木林に向かうと、小さなけもの道があるのだ。

 そこを進むと木造の平屋の建物がある。そこがトキヨとトウコの住まいになっていた。

 食堂とキッチン、寝室があり、そのほかに二つほど部屋がある。

 雑木林に囲まれ、昼間でも日あたりは悪く、どの部屋もじめじめと薄暗い印象だったことを憶えている。この離れに泊まるときは、贅沢にもシュウヤが使うことのできる専用の部屋が用意されていた。二畳ほどの窓のない小さな部屋。木でできた固いベッドとテーブルがあった。隣はトウコの部屋になっていた。

 屋敷の使用人であるトキヨは朝早く離れを出て、夜中に戻ってきた。シュウヤはトキヨと顔を合わすことはほとんどなかった。

 昼間は、シュウヤとトウコは外に遊びに出ているのだが、雨の日などは二人、離れにいることがあった。そんなときキョウイチとトキヨが離れに連れ立って現れることがたびたびあった。そうするとシュウヤとトウコは一本の古いビニール傘をさし、ぶらぶらと雑木林や庭を歩いて、時間を潰した。

 この屋敷に偶然迷い込んでから、多くの時間をこの場所で過ごすようになっていた。

 だがそれまで住んでいた家族や近所の友人たちの世界を放棄して、何故、この屋敷に時間を費やし、身を置いたのか、シュウヤはそのきっかけをどうしても思い出せないでいた。

 だがそんなことはどうでもよい、といつからか思えるようになっていた。

 ずっとこの場所にいられれば、とシュウヤは願うようになっていたのだ。

 トウコへの恋心。

それが唯一であり、すべての理由であった。

 トウコはずっと一人だった。

 父親のことはわからない、と言った。もっと幼いころに、母親のトキヨと共にどこからかこの屋敷の離れに移り住んだのだ、という。以前住んでいた場所のことはまるで憶えていないと言った。

 トウコは幼いながらも自分が使用人の娘であることをきちんと理解していた。普段、皆で遊んでいるときもあきらかに、ルリオとフウカに対しての遠慮が見て取れた。

 鬼ごっこやかくれんぼをしていても、不自然にならないていどに、走る速さをゆるめ、そして見つけやすい場所を選んで隠れているようにみえた。

 それは母親であるトキヨの教えだったのかはわからないが、二人を楽しませるために、きちんと考えて動いているように思えた。

 シュウヤはトウコと二人でいるときに聞いてみた。


「トウコ、ルリオとフウカに遠慮してる……?」


 シュウヤの不意の質問に、意図がわからないのか、トウコは押し黙ったままだった。


「なんとなくなんだけど、かくれんぼでも鬼ごっこでも、わざと鬼になっている気がしてさ……」


 そういうとトウコはようやく合点がいくような仕草をして、寂しそうに薄く笑った。


「それはそうよ……私は使用人の娘だもの……私が楽しむことなんて二の次よ。あの二人を楽しませるために私がいるんだから……」


 シュウヤは驚いた。トウコがそこまで割り切った考えをもっているとは考えていなかったのだ。


「でも、僕らはまだ子供なんだし、自分たちが楽しむことを考えればいいんじゃないかな……? あの二人はトウコのことを親しい友達だと思っているように感じるけど……」


 それに対してトウコは即座に首を振った。


「ちがうわ。私は結局使用人でしかないの。あの二人も私のことは、そういうふうには思ってないはずよ……」


 トウコは何もかもあきらめているかのような口調だった。


「じゃあ、僕がトウコの本当の友だちでいるよ」

「本当?」

「本当さ」

「私を助けてくれる?」


 トウコは喘ぐように言った。


「助けるさ」

「どうやって助けてくれるの?」

「なんだってする。僕にできることは何だってするさ」


 シュウヤがそういうと、トウコは不意に押し黙り、しばらくの間、じっとシュウヤを見つめていた。


「あなたは何もわかっていない……。あなたの今の立場で、私を助けることなんかできっこない」

「この屋敷を一緒に出よう。僕の家に来ればいいよ。父さんと母さんに、理由を話すよ。きっとわかってくれるはずだから」


 咄嗟に出た言葉だった。


「あなたは本当に自分の立場がわかってないのね……でも、ありがと。気持ちだけもらっとく……」


 そういってトウコは背中を向けた。


 その寂しげな背中が、トウコを見た最後の記憶だった。


 それからいったい、何があってどうなったのか、自分はすでに、屋敷に行くことはなくなっていた。

 事情が変わったのだ。キョウイチ、その妻のエレナ、そして長女のフウカ、この三人が交通事故でなくなった。キョウイチが運転する車での事故だった。

 事故の直後、自分はすでに屋敷にはいなかった。

 事故と共に、屋敷のことなどまるで存在していなかったかのように忘れてしまっていた。トウコへの想いも、薄情なものだが、多感な時期にかかる一種の熱病のように、屋敷を離れるとともに、消え失せてしまったのだ。

 だがルリオと再会し、ひどく不安な気持ちになった。その記憶が隠ぺいされた理由に恐ろしいものを感じたからだ。ルリオに会って、あの屋敷のことは思い出した。それでもトウコの寂しげな背中を見た直後から屋敷を離れ日常生活へ戻るまでの記憶が戻らないのだ。すべての核心はそこにある、と思えた。

 シュウヤはあの狭い自習室で過去の自分と対峙するように、成長したルリオの顔を正面から見ていた。

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