第2話

家に帰宅してから、父親に報告を入れようとチャットを開く。本来は電話での報告が良いんだろうけど、多忙である父のことを思うと、電話での連絡は控えた方が良いという気持ちになる。

 

 とりあえず、家の老朽化で立ち退きになってしまったこと、こまっていたらクラスメイトで不動産経営者の子どもである立花たちばなさんに家を紹介してもらえるかもしれないこと、紹介してくれる場合両親のどちらかに連絡がいくかもしれないことを簡潔に書き、送信した。 


 メッセージを送り終わり、コタツでゴロゴロしていると、しばらくして「それは大変だったねえ、それでは連絡を待つことにするよ」と簡単に返信が来ていた。

 

 自分も比較的軽い方ではあるもののの、父親の淡白さには毎度のことながら驚かされる。要件が父親に伝わったことに安堵し、ホットミルクを飲む。冬はコタツでゴロゴロしながらホットミルクを飲むに限ると実感する。実際に立花さんから連絡がいくかどうかはわからないため、未だ若干の不安は残るものの、温かい飲み物を飲んだら、それも薄れていた。


 翌日、学校に登校し、教室に入ると即座に立花さんに声をかけられる。

 

 「おはよう、理人りひとくん。昨日の件だけどね、早速お父さんに相談したら、私の友達ならもちろんOKだってさ!早速、昨日連絡したみたいだよ」

 「え、もうOK出たの!?展開が早すぎて理解が追いつかないんだけど」

 

 流石に昨日の今日で話がまとまるとは思っていなかったため、戸惑いを隠せないでいると、更に衝撃の事実を伝えられる。

 

 「それでね、紹介する物件なんだけど、なんと!レジデンス・ザ・タチバナだってさ!あの物件に住めるなんて、理人くんめちゃくちゃ運いいね」

 「立花さんが興奮するレベルの物件なの」

 

 すぐにサイトを調べてみると、一目で高級マンションとわかる画像が出てくる。サイトを更に詳しく見てみると、どの物件もメゾネットタイプで、すべての物件にテラスが付いているなど、想像もできないくらい高そうな物件となっていた。

 

 「いくら友情価格にしてもらってもこんなところに住めるほどうちはお金もないし、それにもし安く住まわせてもらえるんだとしても、申し訳なさすぎて住めないよ・・・」

 「それがなんかね、立ち退きにあって困っている子がいて、物件貸してあげてって頼んだんだけど、名前聞かれたから、西沢理人にしざわりひとくんって子だよって伝えたらさ、西沢くんね、それなら、すぐに電話しないとってその場で理人くんのお父さんに電話かけ始めてさ」

 

 少し間を空けて、苦笑いを浮かべながら、更に続ける。


 「うちのお父さんと理人くんのお父さん、実は知り合いだったみたい」


 そうでなくても数日前から頭がパンクしそうだというのに、テヘッとはにかみながら伝えられる衝撃的な新事実に思考がショートしそうになる。


 「え、どういう関係?」

 「それは私もよくわからないんだけど、お父さんが西沢くんの息子ならここ貸さない訳にはいかないからねって勝手に決めちゃってさ」

 「え、ええ・・・」


 それでもまだ事情を飲みこめず、困惑していると、じゃ、そういうことだから引っ越し先問題解決して良かったね、と言いながら、立花さんは他のクラスメイトに挨拶をしに行ってしまった。


 ♦︎♦︎♦︎


 帰宅して、父親に先ほどの件を聞いてみると「理人は気にせず、ご厚意に甘えなさい」と簡単なメッセージが届き、現実であることをようやく認識することができた。


 翌日、両親から承諾を得た旨を立花さんに伝えると、穏やかな表情で微笑んだ。

 

 「理人くん、すごく思い詰めた顔してたから、役に立てて、ほんとよかったよ。やっといつもの可愛い顔に戻ったね」


 ふぅと息を吐きながら、安心げに俯く横顔とその言葉に思わずドキッとしてしまう。か、可愛いってなんだと少し頬を赤らめていると矢継ぎ早に頭をクシャクシャッと撫でられる。


 「え、な、なにするの!?」

 「あまりに安心した顔だから可愛いなって思ってさ」

  

 机に頬杖をつきながら、にぃっと笑った顔に心を奪われそうになる。目を見つめると、その青い瞳はどこまでも澄んでいて、それでいて、その奥へと引き込まれそうになる瞳だった。しかし、その瞳には、一度魅入られてしまえば、そこから出られないと思わせる底が見えない深みがあった。


 「でさ、せっかく良いところに住むんだから、私もちょくちょく遊びに行っていいよね?ねっ?」

 

 家を貸してくれるだけに留まらず、首を傾げ、ウインクしながらお願いしてくる立花さんに対して、断る余地など1ミリもなかった。


 「それはもちろんだよ。部屋、綺麗に使わないとだね」

 「やったね〜、ありがと!でも、理人くんってもしかして、部屋の片付けできないタイプ?言われてみれば、そんな感じもするね」

 「だって、家でゴロゴロしてたらさ、片付ける気力もなかなか湧かないというか」

 「へええー、そしたらさ、定期的に家に片づけに行ってあげよっか?」


 にひひと笑いながら顔を覗き込んでくる立花さんに恥ずかしい気持ちが溢れてくる。恥ずかしさや来てくれることへの申し訳なさもあるものの、それ以上に立花さんが家に来て、家事をしてくれると思ったら、家に片づけに来てくれることへの不可解さも吹っ飛び「ほんと?ありがとうね!」と答えてしまった。

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西沢くんを飼いたい 飛鳥 しろ @asuka_shiro

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