西沢くんを飼いたい

飛鳥 しろ

第1話

 「え、、、、今の家立ち退きですか?」


 突然の大家の来訪と共に告げられた事実に戸惑いを隠せず、つい言葉を吃ってしまう。


 「そう、申し訳ないんだけど、見た目以上に老朽化が激しいみたいで、このまま住んでいてもらうと危ないからさ、しょうがなくね。という訳だから、引越し先探しとかよろしくお願いしますね」


 居た堪れない空気にこれ以上触れたくなかったからか、それともこれ以上何か言われても困るからか、矢継ぎ早に去って行ってしまった。


 これからどうしたものかなあと、思案に暮れているものの、突如の出来事にしばらく感情が追いつかない。最初に家探しをして、それから内見をして、その後に契約をして、それから同時に引越し業者も探して・・・


 少し考えてみるだけでも、やらなければならないことが無数にあり、頭がパンクしそうになる。こんな時に両親が近くにいれば、特段悩みもせず、解決してくれるのにと思ってしまうが、自立して暮らすことを自分で選択した以上、致し方ない。日々の面倒なイベント、事務処理などを生活のためにこなしている両親に感謝の気持ちが出てくる。


 まずは物件を探すところからと決意し、コタツでゴロゴロしながら、物件アプリで探し始めてみる。アプリで色々と物色してみても、なかなか良い物件は見つからない。


 今の家は両親が見つけてきたところで、今回も両親に頼っても良いのだが、次の4月から高校で新生活が始まることを少し考えてみると、自分で初めての物件探しと引越しを乗り越えたいという気持ちが湧いていた。

 

 いざ真剣に考えてみると、案外考えなきゃいけない要素が多いことに驚く。部屋の広さや間取りはもちろん重要だし、最寄り駅の近さと学校への通学時間、近くのスーパーや飲食店の有無などなど考えて始めてみると、時間が無限に過ぎていく。絶対に部屋にはコタツが欠かせないよなと、次のアパートでは広さを確保することを最優先にしようと決意する。


 広さが欲しいのは当たり前だけど、当然ながら、その分家賃は高くなる。部屋の広さと予算感を当てはめて、それに自分が確保したい要素でフィルターをかけてみると、案外良さげな物件が見つからないことに、多少がっくりする。考えてみると、この問題はいろんな要素の変数でできた関数を最大化する問題なんだと気づく。


 数学に当てはめて考えてみると頭が少しスッキリしたが、ただの気休めでしかなく、依然として、良い物件が見つからない事実は変わらない。


 やっぱり両親を頼ろうかなという気になってくるが、わざわざ覚悟を決めて、地元を離れたのだから、それはどうしても問屋が卸さなかった。


 考えることに疲れ果て、その日はとりあえず眠りにつくしかなかった。


 ♦︎♦︎♦︎


 翌日、学校に登校し、普段通りの生活を過ごす。

 「おはよう、理人りひとくん」

 「おはよう、立花たちばなさん」


 隣の席の立花華蓮たちばなかれんさんにいつも通り挨拶をしながら、席に着く。立花さんは、両親が大企業のオーナー経営者というご令嬢で俗に言うお金持ちだ。家が裕福なだけに留まらず、容姿端麗という誰もが羨むステータスを持っていた。体型はスレンダーで、しかし、それにも関わらず、出るところは出るといった女性らしさがある、誰もが目を惹く容姿の持ち主だった。


 実際、その持ち前の容姿を活かして、SNSでは数十万ものフォロワーを獲得しており、一種の有名人だった。最近アップされた投稿では、浴衣姿の立花さんが写っており、胸元まで伸びる薄い桜色の髪と浴衣から見える少し熱ったように見える白い肌が色っぽさを演出していた。その投稿は、一夜で数十万いいねを獲得するほどだった。


 「いつもの理人くんじゃないね。どうかした?なんか顔が暗いよ?」


 目鼻立ちが整った顔で僕の顔を覗き込みながら、心を見透かしたような質問を直球で投げかけてくる。少し高く、それでいて聞き心地が良い透き通った声で発せられた不意を突く言葉と、真っ直ぐに僕の目を見つめてくる綺麗な青い瞳に心を乱され、思考が数コンマ停止するが、気持ちを引き締めて、会話を続ける。


 「いや〜、少し困ったことがあったんだ。でも、こればっかりは立花さんに相談してもどうしようもないことなんだよね」

 「そんなこと言わずに言ってみなよ〜、解決しなくても少しは気が楽になるかもじゃん?ね、隣の席のよしみなんだし、気にせず言ってよ」


 僕が言い澱んだことにも臆せず、距離を詰めてくる立花さんに押し切られ、事情を話す。


 「まあ、簡単に言うと、今住んでいるアパートから立ち退きくらっちゃって、困ってるんだよ。僕、親元から離れて暮らしているからさ、少し途方に暮れちゃって」

 「え、それは大変だね・・メンタル大丈夫?昨日はちゃんと眠れた?」


 どこまでも自分を気にしてくれる立花さんに対して、一定の距離を作ってしまっていることに少し罪悪感を感じつつ、うん、大丈夫だよと心にもない言葉で返す。納得がいかない様子で、可愛げに首を傾げつつ、うーんと唸り始めて数秒。今にも折れそうなほどか細い指で握られた右手で、ひらめいたとばかりに左手を叩く。


 「そうだ、イイコト思いついちゃった!私のところに住んだら良いんじゃない?」


  あまりにも突拍子もない発言に目を丸くし、言葉を失っているところで立花さんが言葉を続ける。


 「あのさ、私のお父さん不動産会社経営しているじゃん。だから、理人くんにうちの物件に住んで貰えば良いかなって」

 「そういうことか、びっくりしたぁ。言葉が足りないよ、立花さん」

 「ごめんごめんって、閃いちゃったから勢いで喋っちゃった」


 てへっ、と舌を出してはにかむ様子にドキっとする。


 「でも、立花さんのところって高級住宅が多いよね。僕そんな高いところの家賃払えないよ?」

 「あ、それなら大丈夫!お父さんに友情価格でって言っとくからさ」

 「それでも、紹介してもらって安く住むなんてそんな、申し訳ないよ」

 「そんなの気にせずにさ、後でお父さんに言っておくから、親御さんのお名前と電話番号もらえる?」


 そこまでしてもらえる義理もないので、再度断りを入れようとしたところでチャイムがなってしまい、断ることもできずに会話が中断する。そのまま立花さんに促されるがままに両親の名前と電話番号を書いた紙を手渡してしまった。


 これで本当に家が見つかってしまうんだろうか、もし住むことになったら高い物件なのにどうしたらいいんだ・・・など悶々と考えていたら、授業も頭に入らず、気がついたら、全部の授業が終わっていた。

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