第10話

目の前にあったのは愁くんの綺麗な顔。



中学生にしては大人びたその雰囲気と落ち着きは、今の私を困惑させるのには十分だった。



私の顔の両側に置かれた愁くんの両腕は、まるで私を逃がさない為の小さな檻のよう。



「いい子だ」



私の前髪をかき上げ、晒された額に愁くんの唇が落とされる。その表情は微かに緩んでいて、心臓のあたりがキュッと締め付けられる。



「小春」



名前を呼ぶその声は優しい。



まるで、私の気持ちを全て聞かせてと言われているみたいだった。



今の自分の状態を忘れてしまうほどの甘い空気は私の頭を酔わせて、思考回路を愁くんに支配される。



「愁くんはっ…いつか、私を置いて離れてくの?」



さっきは隠した心の声が溢れ出す。



私は愁くんが好き。



いつか愁くんが私以外の女の子のところへ行ってしまうのではという不安。



「クッ…」



見上げた先の愁くんは、笑っていた。



「可愛いな、お前は」


「…えっ」



堪え切れないというように呟かれた言葉は、私の頰を赤く染めるには十分だった。

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