第50話

「それでは、僕達はこれで」


「ええ。末永くお幸せに」



笑顔で手を振る大家さんに見送られながら、肩を押されるがままに部屋から連れ出された。



そのままグイグイと私を無理やり歩かせる柏木君は一切こちらを見ず、アパートから少し離れた公園横に停まっている車に向かって進んでいく。



柏木君の車が近づくにつれて冷静ではいられない。


職も住む場所も失った私は、もう我慢の限界だった。





「嫌ッ!は、離してっ…」



肩にまわっていた腕を振り払うように距離を取ると、我慢していた涙は溢れ出し、睨むように見上げた柏木君の顔を滲ませる。



「…っ!」



それでも分かる柏木君の表情に、私の足は無意識のうちに後ろへと下がっていた。



暗がりに見える微笑。



ゆっくりと近づいてくる柏木君に壁際へと追い込まれていく私は、恐怖からそれ以上言葉を口にすることができなかった。



「白石さんは今、何を考えているんですか?」



ヒンヤリと冷たい手が、私の涙を優しく拭っていく。



「仕事も家も奪った俺を嫌いになりましたか?もう俺に会いたくないって思いましたか?」


「…ゃ」



怪しく笑う柏木君の唇が、私の首筋を啄ばんだ。





「そんなの、許すわけないのに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る