第49話

どうして大家さんが柏木君のことを知っているんだろうなんて、そんなの疑問に思う余地はない。



大家さんは震えだす私に気づくことなく、笑顔で柏木君の印象を嬉しそうに話している。



私の耳にはもう、大家さんの声は届いていないけれど。





コツ、コツ、コツ…


その音だけは、確かに聞こえた。



「雪乃さん、迎えに来たよ」



革靴の音が止まり玄関が開くと共に姿を現したのは、優しく微笑む柏木君だった。



「あら、柏木さん」


「大家さんお久しぶりです。その節はありがとうございました」


「やだいいのよ、気にしないで」



完璧な外面で大家さんと会話しながらこちらに向かって歩いてくる柏木君は、何食わぬ顔で私の横に並び肩を抱き寄せた。



その力の強さに思わず息を飲む。



「そうだ雪乃さん、鍵はちゃんと返した?」


「…え?」


「大家さんに鍵を返しに行くって言ってただろ?」


「あら、そうだったの?そう言えばまだ返してもらってなかったわね〜」



クスクスと笑いながら私を見下ろし、ほら早くと言って私にキーケースを押し付けてくる柏木君の瞳は笑っていない。



「う、うん…」



震える手で鍵を外せば、柏木君は私から取り上げるようにして大家さんに鍵を手渡した。

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