第13話

「良い匂いがしますね」



靴を脱いで部屋を見渡した柏木君は、ゆっくりと目を閉じて息を吸う。



自分の家なのにそろそろとその後ろをついて行けば、不意に目を開いた柏木君の手が私の髪を攫っていく。



ふわりと舞うように髪を持っていかれる様が、私にはスローモーションのように見えた。



「白石さんの匂いは癖になる」



久しぶりに見た優しい微笑みと、含みや棘のない言葉に左胸をキュッと締め付けられ、髪に寄せられた唇に顔が熱くなる。



私を見つめる瞳は逸らされることはなくて、幻覚かと疑うほど温かい視線だった。



「フッ…それじゃあ、必要な荷物をまとめて下さい」


「…え?」


「着替えの服と下着。あと女性は化粧落としとかも必要ですよね」


「あ、あの…なにを、言ってるの?」



優しい微笑みのまま意味のわからない事を言う柏木君に、私は無意識に後ずさっていた。



「これ以上俺を怒らせないで下さいね」


「いっ!」



逃げようとする私に気づいた柏木君は、掴んでいた私の髪を強く引っ張る。



さっきまでの優しい雰囲気は嘘のように消え失せて、微笑む瞳はいつもの恐ろしさを纏っていた。

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